いつまでもからだふるへる菜の花よ
田中裕明
鑑賞する句を選ぼうと田中裕明の句集をぱらぱらとめくった。やはらかい文体でやさしさがあり、平明だと思いこんでいた田中裕明の句が鑑賞をしようとすると、どの句もするりと逃げていき、簡単には鑑賞をさせてくれない。自分がなんとなくでしか読んでいなかったことにはっと気が付いた。
早春のまだ肌寒い頃なのだろうか。なぜか分からないが震え続けている体から、明るい菜の花への展開に意外性がある。
また、背丈のある菜の花はからだを思わせもするので、菜の花が震えているようにも思える。
「ふるへる」とうい言葉には、寒さ以外にも不安など、どちらかといえばセンシティブな感覚が含まれていると思うが、平仮名でかかれることによって柔らかさも感じられ、菜の花の明るさへと無理なく繋がっていき、最終的には不思議な美しさを獲得している。抽象的な表現がそう思わせるのだろうか。
菜の花を詠んだ句だけでも、他にも不思議な句がたくさんある。
菜の花や中学校に昼と夜
昼はにぎやかな校舎も夜になると一転して静まり返るが、菜の花だけはずっと変わらない明るさで佇んでいるような不思議さ。作中主体の時間が、昼なのか夜なのかもよく分からない。蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」とはまた違った時空間の中で菜の花の光が見えてくる。
目の前の菜の花だけに雪降れり
もうだいぶ暖かくなった頃に降る名残雪だろう。春の光のような菜の花に降る白い雪は幻想的だ。その幻想的な世界にうっとりとしているような空間だけがあり、菜の花と雪以外の景色は消えていく。作中主体も菜の花の空間とは別のところにいるようだ。そもそも本当に雪が降っていたのだろうか。
どの句も主体の姿は淡く、ほのかな空気の手触りがやわらかく残る。
むずかしい言葉は使わず、むずかしいことも言っていないはずなのに、田中裕明の句はやさしくて手ごわい。
(山岸由佳)
【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
「炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/
【山岸由佳 自選10句】
初蝶のことばの消える高さあり
水を吸ふ桜も吾も繋がりて
俤や猿のこしかけ幾重にも
雪やなぎ影の幼くなり去りぬ
やがてこゑだけになる夜すひかづら
茉莉花をくぐる少年のリズム
リハーサルの腕が白南風をまはる
いうれいのこゑかもしれぬ川きれい
川上のまだまだ暑くなる蕾
花芙蓉おほかた風になる手紙
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎
【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する 三橋鷹女
【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子
【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎
【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子
>>〔4〕とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子
【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰
【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
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【2024年1月の水曜日☆おやすみでした】
【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】