歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修【季語=ひばり(春)?】

歯にひばり寺町あたりぐるぐるする

平田修
(『白痴』1995年ごろ)

ひばりとは普通に読めばおそらく、春の季語に分類される鳥のことだろう。しかしこの「歯に」というのがどうも引っかかる。雲雀は古い中国の宮廷料理にも登場すると言われており、食用としての解釈がまったく不可能というわけではないが、いささか現実味の薄い読みであるような気がする。何より、食べたものが口に残っていたなどという読みは面白みにも欠ける。となると何か別の感覚的なものが歯という部位を通じて描かれていることを期待するものだが、たとえば雲雀のわかりやすい特徴である鳴き声を受容する部位は耳である。口は音を出す装置でこそあるが、音を入れ込む器官ではない。ましてやその中でも歯というのは単に咀嚼のために存在する機構であり、とにかく雲雀との結びつきが薄い。

ようは、この歯というのが雲雀からもっとも離れた身体部位であるということ自体がこの句の面白さのひとつなのだと思う。声や姿から確実に存在を認識できているはずの雲雀の真実性と自分とのミスマッチ。自分の肉体が現実に存在していることや、自分の目や耳や鼻による知覚にすら疑問符が湧き上がってくるようなちぐはぐさを読み取ってしまうのはこじつけだろうか。

ちなみに掲句にもうひとつある名詞「寺町」とは、おそらく小田原市扇町1丁目にある寺町という地名のことを指している。はじめ寺町という文字列を見たときには、僕は京都の寺町通りを想像した。というのも、寺町通り自体が食べ歩きのできるような大きな商店街を成しているため、「ぐるぐるする(≒散歩する)」という言葉と自然に結びついたからである。しかし平田の句群という文脈の中では小田原かその周辺を指していようと思い調べたところ、まさに小田原駅からそう遠くない場所にこの地名を見つけたということである。

しかしこの寺町、想像した以上に何も無い。寺町というバス停のある片道2車線の国道255号線沿いを中心にGoogleストリートビューで眺めてみたが、住宅の他にめぼしい建物は病院と洋服の青木くらいしかなかった。何か寺院や商店街、そのた人の営みを感じさせるものがあったらしき遺構もとくに無く、いたって普通の住宅街であった。おそらく寺町という地名には、ただそこを本当に歩いたということ以上の意味はないのだろう。ときおり現れるこの無為性とでもいうべき脱力は、インパクトの強い句群の中で心地よいアクセントになっている。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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