鳥帰るいづこの空もさびしからむに 安住敦【季語=鳥帰る(春)】


鳥帰るいづこの空もさびしからむに

安住敦


四月最後の月曜日。そして春も過ぎ行こうとしています。春、惜しむですね。

なんとなく春の愁いの頃に思い出すのがこの一句。もうすっかり渡りの鳥たちは北へと帰っていったのでしょうか。春は秋に北方から越冬のために日本に渡ってきた鳥たちが、またはるかな刻をかけて、北へと帰ってゆく季節。

生きるための本能とはいえ、そんな鳥たちの姿をいつも切なく思う。途中で命を落としてしまう鳥たちもいる。空を飛べる自由はあれど、過酷な人生だな、とも思う。

そんな感傷的な気分になってしまうのも、この句があるからかもしれない。

この句は私の母の愛誦句で、父よりも先に母から俳句に触れた私は、「ああ、俳句ってなんて素敵なのかしら」とこの句の抒情性を深く愛したものだった。

 白鳥はさびしからずや海の青空のあをにも染まずただよふ

と詠んだのは若山牧水。牧水の歌にも敦の句にも美しい切なさが滲む。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
>>〔29〕おやすみ
>>〔28〕筍の光放つてむかれけり       渡辺水巴
>>〔27〕桜蘂ふる一生が見えてきて        岡本眸
>>〔26〕さへづりのだんだん吾を容れにけり  石田郷子
>>〔25〕父がまづ走つてみたり風車       矢島渚男
>>〔24〕人はみななにかにはげみ初桜    深見けん二
>>〔23〕妻の遺品ならざるはなし春星も    右城暮石
>>〔22〕軋みつつ花束となるチューリップ  津川絵理子
>>〔21〕来て見ればほゝけちらして猫柳    細見綾子
>>〔20〕氷に上る魚木に登る童かな      鷹羽狩行
>>〔19〕紅梅や凍えたる手のおきどころ    竹久夢二
>>〔18〕叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎
>>〔17〕水仙や古鏡の如く花をかかぐ    松本たかし
>>〔16〕此木戸や錠のさされて冬の月       其角
>>〔15〕松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏 
>>〔14〕いづくともなき合掌や初御空     中村汀女
>>〔13〕数へ日を二人で数へ始めけり     矢野玲奈
>>〔12〕うつくしき羽子板市や買はで過ぐ   高浜虚子
>>〔11〕てつぺんにまたすくひ足す落葉焚   藺草慶子
>>〔10〕大空に伸び傾ける冬木かな      高浜虚子
>>〔9〕あたたかき十一月もすみにけり   中村草田男
>>〔8〕いつの間に昼の月出て冬の空     内藤鳴雪
>>〔7〕逢へば短日人しれず得ししづけさも  野澤節子
>>〔6〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ    川崎展宏
>>〔5〕夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ  千代田葛彦
>>〔4〕団栗の二つであふれ吾子の手は    今瀬剛一
>>〔3〕好きな繪の賣れずにあれば草紅葉   田中裕明
>>〔2〕流星も入れてドロップ缶に蓋      今井 聖
>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

horikiri