メロン割る恋の動悸のようなもの 寺田京子【季語=メロン(夏)】

 第三句集『鷲の巣』は、四十六歳から五十二歳までの作品。刊行の翌年に亡くなっているためか、死をテーマとした句が目立つ。

   死は独りにくる絶壁の雪鴉
   死者の耳へことばいろいろ冬林檎
   しずかさの死者は死者たち氷水
   死ぬ者は死に恋猫のあまえごえ
   死後は無の凧わらわらとのぼりゆく
 第一句集の時の「死」とは違い、達観した死を描く。〈死は独りにくる〉ものであり、生者を隔てる絶壁がある。そこには、死者の象徴のような鴉がいる。〈死者の耳へ〉は、死んだ人に最後の言葉を掛けている場面を詠んでいる。死者には聞こえないのだが、〈冬林檎〉という季語に救いがある。〈死者は死者〉であってもう何も語らない。だけれども近くにいるような気がしている。〈死ぬ者は死に〉恋猫と同様に自分だけが残ったのだ。だが自分も死ぬときは死ぬという境地となった。〈死後〉は無となり、ただ凧のように浮遊するのだろう。

   百夜飼い百夜怒りの冬の鷹
   鷹渡る魂声わたる夜空かな
   鷲の巣や東西南北さびしきか
 引き続き「鷹」も詠まれている。〈百夜飼い〉つづけた鷹は、内なる鷹であろうか。その鷹は飼い慣らされることなく怒っている。何に対しての怒りなのか。自由と生命力を求めた鷹であったが、ままならない自分自身への怒りだろうか。渡ってくる鷹の声を〈魂〉の声として捉える。それは作者自身の魂の叫びなのだ。〈鷲の巣〉は、東西南北を見渡せる場所にある。鷲の巣の高さは憧れであるはずなのだが、その孤高を詠んだ。病から解き放たれて自由になったものの、寂しかったのだ。

   水の中ちちははがいる師走なり
   朝の焚火男のどれも父に似る
 両親が亡くなり数年が経って、独りで生きる暮らしのなかでも時折感じる父母の存在。〈水の中〉という揺らぎは、幻影であると同時に生まれ変わりを予感させるものでもある。〈焚火〉をする男がみな父に見えるのは、生前の父に対して男くささを感じていたからであろうか。死者を突き放すような句を詠みながらも死者を近くに感じている。

   病神の前方よりくる桐の花
   霜の華夢のどこかに血を喀きし
 病への不安はいつもどこかにあったのであろう。〈病神〉が背後からではなく前方よりくることから、体調が優れなかったことが分かる。喀血したのは〈夢のどこか〉であるので、実際に喀血したわけではない。記憶のなかの喀血の気配を思い出しているのである。〈霜の華〉に儚げな美しさがあり、死の影におびえていた若い頃の記憶を象徴しているかのようだ。

 遺句集の『雛の晴』になると、あきらかに死を意識した句となる。

   鷹とんで空まろくなる臥床かな
   鶴となりてとぶや日暮の髪梳きて
   一生の嘘とまことと雪ふる木
   サボテン一花あの世この世に雪降りて
   夜も昼も雪割る音の死病い
 臥床の身になると再び〈鷹〉は憧れの存在となる。鷹の軌道のなかのまるい空が遠い。床で梳く髪をなびかせて〈鶴〉になる。それは、魂が体から離れ、鶴となって飛び立つことを意味する。〈一生の嘘とまこと〉を振り返るとき、〈雪ふる木〉だけが現実である。作家として〈嘘〉も〈まこと〉も述べてきたが、どれもぼんやりしている。〈あの世〉も〈この世〉も雪が降っていて〈サボテン一花〉のみが現実なのだ。〈雪割〉は、春になって踏み固めた雪をつるはしやスコップで掘ることをいう。北海道では、春になると一日中雪を割る音が響く。死の病いに罹患した少女期からずっと聞こえていた音だ。その音は、生まれる前から鳴っていて、死んだ後もずっと鳴り続くのだ。

   メロン割る恋の動悸のようなもの  寺田京子(『鷲の巣』)

 メロンは夏の季語である。作者が札幌在住であったことを考えると掲句のメロンは夕張メロンであったと思われる。夕張メロンは、炭鉱の町であった夕張の農業復興のために、17名の有志が立ち上がり「夕張メロン組合」を設立したことに始まる。昭和35年のことである。「夕張キング」と呼ばれる品種が開発され、十年以上にわたる試行錯誤のうえ、昭和47年に日本農業賞を受賞。赤い果肉に柔らかい食感、みずみしく滴るような甘みが特徴。糖度の高さにおいては日本一で、まさにメロン界の王様である。玉は大きく、高価であるため、贈答品として購入される。北海道民でも食べられる機会は少ない。
 高価な夕張メロンを貰ったのか買ったのかは分からないが、食べることになった。刃を入れて割るときの期待と緊張は恋に似ている。割った瞬間に匂う甘い香りも、赤い果肉もまさに〈恋の動悸〉という比喩が相応しい。メロンの断面に縦横に張られた筋が血管を思わせ、溢れ出る果肉に鼓動を感じる。
 掲句は、恋の句の多い第二句集ではなく、再び死を意識しはじめた第三句集に収められている句である。メロンに触発されて恋の記憶を呼び起こして作った句なのだろう。第三句集『鷲の巣』には、以下の句もある。
   凧の空女は男のために死ぬ
   呼びたき名断ちて枯野のけもの臭
 死者の魂のような〈凧〉を見て、〈女は男のために死ぬ〉ことを思う。世間一般論ではなく、男のために死んだ女の物語が背景にあるのだろう。あるいは、自分の恋の経験だろうか。死んでもいいとまで想った男がいたのか。〈呼びたき名〉は、恋する相手の名である。その想いを断ったのは、〈枯野のけもの臭〉である。荒涼とした枯野は心の景であり、〈けもの臭〉とは男女の交わりを意味している。今となっては生臭い恋だったのだろう。呼びたいけれども呼べなかった名前には、許されない恋の匂いがある。
 動悸の〈ようなもの〉と表現している以上は、現在進行形のリアルの恋ではない。〈恋の動悸〉は、比喩であり、過去の体験にもとづくものである。もしかしたら、ほのかな恋が始まっていたのかもしれない。ふとした瞬間に「あれ?この感覚は、この動悸は、恋かも」と思うことがある。〈傷だらけの屋根あり生涯恋をして 京子〉という句を詠んだ作者。独り身を通した作者には、恋をする自由があった。〈生涯恋をして〉とは、「生涯にわたり恋をし続ける」という宣言でもある。相手は同じ人であるとは限らない。宣言通りに死を意識しはじめてもなお、恋をし続けたのではなかったか。作者にとって恋は、生きるために必要なエネルギーだったのだから。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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