ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談
平田修
(『曼陀羅』1996年ごろ)
ひまわりの種は油分の多いナッツのような味わいである。そしてナッツと同様に殻をむくことで可食部が現れるという構造をとっているわけだが、その殻はやわらかく、手や歯で簡単に開くことができる。そして種のひとつひとつは小指の爪程度の大きさであるから、気づけば数十個の種を食べ終えていることもザラである。いわばこたつに並べられたみかんと同種の、無意識に手が伸びてしまうスナックのようなものだ。メジャーリーグのベンチには大量のひまわりの種が常備されており、選手たちは試合の合間にモゴモゴと種をつまんでいるという。その消費量は相当なもので、彼らがその殻をすべて床に吐き出してしまうために、メジャーリーグのダグアウトがかなり汚れているという話も聞いたことがあるほどだ。
ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談
これまでの句群と比較すると、掲句からは非常に爽やかな印象を受ける。ちょうど今ごろ、シーズンのまだ始まっていない春先のダグアウトから聞こえてくる選手たちの談笑のようである。晴れた空の下で、ひまわりの種を囲んで交わされる冗談まじりの朗らかな会話。別人の句集を読んでいるのかと錯覚するほどの明るさだ。誰かが言った冗談に誰かが反応する。ひまわりの種を食べる。そしてまた誰かが冗談を言う。一瞬とも永遠とも思える不思議な時間の流れが、確かにそこにはある。
実はこうした不思議な明るさ(躁鬱の「躁」にあたる状態であると捉えることももちろんできるだろう)はこの句に限った話ではなく、直接的あるいは間接的な形でこの『曼陀羅』にしばしば表れている。中でもその象徴とも言えるのが「晴れ」という言葉。掲句のような底抜けの明るさを表す背景として用いられることもあれば、その後の(精神的な)転落を予感させる道具として登場することもある。もっともそれらの句は、平田俳句の中でも特に、読み手の性格やコンディションによって印象を変える作品たちである。本稿はこの句群にある「晴れ」の句をいくつか引用することをもって結びとしたい。
芒よりうすい詩を出し晴れている
俺凸晴れやさくらはまだかまだか
無職快晴のトンボ今日どこへ行こう
ここを梅とし淵の淵にて晴れている
ところで……メジャーリーグといえば当然、野球ですよね。子規が「野球(のぼうる)」という訳語を発明したことや、秋櫻子と素十が医学部生のチームでバッテリーを組んでいたことは有名な話です(ちなみに秋櫻子が捕手でした)。このように、俳句と切っても切り離せない関係にある野球というスポーツ。その熱量を現代に蘇らせるべく結集された俳人草野球チーム「詠売巨大軍」の記念すべき初の対外試合が今日、大井ふ頭中央海浜公園で開催されます。対戦相手は歌人草野球チーム「文明レッドライツ」。ジャンルの威信をかけた熱戦にご注目ください。
↓詳細はこちら
https://haiku.monster/contents/BaseballGame1
※この試合は観戦可能です。グラウンドへは17時から入場可能となります。
※何らかの形での配信も予定しております。続報をお待ちください。
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
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