ヨコハマへリバプールから渡り鳥
上野犀行
洋楽との接点が見つけられないまま大人になった。歌謡曲が全てだと思っていた。小学校で先生が「ビートルズ」と言うと「ずうとるびのことだよね?」と友人に囁いていた。中学校に上がる時、英語を習うのを機に洋楽を聴いてみたいと思ったが、何を聴けば良いのか皆目見当がつかない。当時新聞にはFMラジオで流れる曲が1週間分びっしり掲載されていたので、そこで見つけた英語のタイトルを適当に録音したらクラシックギターのソロだった。デュラン・デュランやワム!に夢中になっている友人にどこから情報をとっているのか聞いたら深夜番組だという。夜起きていられないので断念した。
それでもリバプールといえばビートルズだと叩き込まれているのは「マージービートで唄わせて」(竹内まりや)のおかげである。どうしてその曲がビートルズへのオマージュだとわかったのかは記憶にない。洋楽に向きそびれたベクトルがシティポップ(当時はニューミュージックと呼ばれていたのだがいつの間にこっちの名称がメインになったのか…)に向いたわけだが結局はビートルズに辿り着いてしまったようだ。
虚子の影響を受けていない俳人を見つけるのが難しいように、ビートルズの影響を受けていない音楽を見つけるのも難しいだろう。いずれも血となり肉となっているので「どこが」とはもはや特定できないのではないか。
ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行
横浜は作者在住の地と考えるのが素直なところだ。しかしそうでなくてもほかの地ではここまではまらない。異国情緒漂う港町はほかにもあるが、カタカナにしてもその雰囲気が壊れないのは4文字の強みである。横浜ではなくヨコハマだからこそ読者はその渡り鳥がリバプールから飛来することを自然に受けとめることが出来るのだ。横浜という地にまつわる我々の持つイメージに負うところも大きい。
同じ渡り鳥でも、リバプールから渡ってきたのかも、と考える楽しみがこの句によって増えた。筆者はビートルズファンとはいえないのだが、世界中の音楽に影響を与えたグループゆかりの地の風をまとった渡り鳥であって欲しいと願うのは自由である。実際にはヨーロッパと日本を行き来する渡り鳥はいないのだが、むしろその方が詩になる。
地名を唱え、季語を感じ取るだけで思いはユーラシア大陸を一またぎしてしまうのだから俳句は無限だ。
最近は家事のBGMに洋楽をかけている。日本語の歌は歌詞が気になるし、テレビやラジオはチャンネルを選ぶのが手間に感じるからという消去法で行き着いた。エド・シーランが流れるとラッキーと思う。あ、それすら映画「イエスタデイ」の影響かもしれない!
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】
【上野犀行さんの句集『イマジン』(飯塚書店、2021年)はこちら↓】
【吉田林檎のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】