麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜
飯田蛇笏
西日本の梅雨入りはずいぶん早かったけれど、なんとするうちに東京は例年の梅雨入り時期となってしまった。しかも、梅雨入り前だというのに、昼間は連日梅雨明けあとのような暑さ。もう、どうでもいいけど、結構体は疲れるのよねなんていいながら、ビールははやばやと梅雨明けの量を飲んじゃいそうになるそんな金曜ですよ。
「麺麭(パン)」、「摂る(とる)」がこのように書かれていなくて、「蔬菜」が野菜と知っていたら、ずいぶん最近の句にも思われる。
パン取るや夏めく卓の花野菜
そう、ずいぶん明るい。
麺麭摂るや夏めく卓の花蔬菜
しかし、こちらも十分に明るいし、何より華やかだ。何と言おうか、影はより濃く、光はより眩しく、輪郭がはっきりする。パンはよりどっしりと、まあ勝手な解釈だけれど、ふわふわの食パンなどではなく穀類の粒の色や形の残る、嚙めば固くてその味が深い麺麭。花蔬菜は、本来葉や実を食べるものである蔬菜についている花。見るための花ではないところに、自然な眩しさが宿る。
「夏めく」とは、ただ直線的に明るくなるのではなく、影と光の引き合いの力が強まっていくことなんじゃないか。ふとそんなことを思わせる、どんなモチーフを描いてもスケールのでかい、蛇笏翁なんである。
そういえば、俳句仲間で占星術がわかるU子ちゃんが教えてくれたのだけれど、今月は愚痴を言うと運が逃げるらしい。であれば、折角の愚痴は、「愚痴を言うと運がついてくる月」がやってくるまでとっておこうと思っているのだけれど、このホトトギスの五百号を記念して作られた句集『ホトトギス同人句集』の序文にある虚子の言葉は愚痴なのか、何なのか。
「ホトトギス同人というのは、一、…。一、…(今はまた変わっていますので中略)。その同人の句集を出したいという希望を三省堂から私に申出たのは今年の四月頃であった。私から其事を紹介しながら、出句を勧めてやつて殆ど全部の出句を見たが、只其中で山口誓子君のみが私の理由という理由で出句しなかつたさうである。誓子君を除く全部八十五人の句五十句づつは遺漏なく載せられたわけである。」
「遺漏なく」というものの、誓子自身が遺漏だったわけで、病を得ていて、数年前に『馬酔木』に移った誓子の事情はわからなくもない。さらに、不可解なのは、この序文にはこのほかの固有名詞としては、村上鬼城と山本梅史雨の、掲載されながら出版を待たずに亡くなった二人の名が載るのみであるため、結局は遺漏した山口誓子が最も序文で目立つ人になってしまったということだ。なんとなく虚子の誓子を気に掛けるところも見えないではないけれど、誓子はこれをどう受け止めたのだろう。虚子先生、愚痴を言うとツキが逃げますよ。
父方の祖母の持ち物に天狼歳時記があることは気づいていたが(私は母方の祖母から俳句を教わり、知っている限り父方の祖母は俳句を作ったとは聞かない)、先ごろそれと同じ大きさの『分類誓子句集』をふと(ラグビーの句を調べたくて)めくっていたら、直筆のサインペンによるサインと落款があった。もともと誰の持ち物で、どういう関わりだったのかは、もう知ることができない。
ちなみに、『分類誓子歳時記』には、五十句を超えるラグビーの句が掲載されている。
『ホトトギス同人句集』(1938年)所収
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】