毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第47回】
前川佐美雄の革新について
服部崇(歌人)
四月、心の花京都歌会にて「推しの歌人の作品」を紹介する機会を得た。作歌を始めた頃から前川佐美雄の作品に惹かれてきた。
砂小屋書房から前川佐美雄全集(全三巻)が出ている。第一巻、第二巻には短歌が、第三巻には散文が収録されている。この機会に、随筆集『短歌隋感』(昭和二一)からの抜粋などが収録されている第三巻に目を通してみた。秀歌観賞など様々なものが集められている。薬師寺にある歌碑――ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲(佐佐木信綱)――の筆書は自分が信綱に頼んだ、とも書いてあった(全集第三巻、318頁)。また、佐美雄が石川信雄歌集『シネマ』や斎藤史歌集『魚歌』の序を書いていることに改めて注目した。
とはいえ、前川佐美雄の散文では、『植物祭』のあとがきがやはりかっこいい。
短歌をやつて、革新を思はぬ程ならばよした方がいいと思ふのだ。危険蹉跌は僕にはあまり大した問題でない。ぐんぐんと押し切つて行くだけが面白いのだ。短歌の革命を、革命の短歌にまで持つて行つたのも、僕のかうした元気さからであつたかも知れない。
若さの勢いか、時代のなせる技か、初めて読んだ時から心が震えた。
前川佐美雄の歌集を読み返してみて、自作にもいまだに強い影響が出ているような気がした。今回は前川佐美雄の主な歌集からそれぞれ一首、合計十首を選んでみた。
【十首選】
桐の実(み)のふれあふ音のからからとこの頃わきて人の恋ひしき 『春の日』(昭和一八)
いますぐに君はこの街に放火せよその焔(ひ)の何んとううくしからむ 『植物祭』(昭和五)
億万の春のはなばな食べつくし死にたる奴はわれかも知れぬ 『白鳳』(昭和一六)
春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける 『大和』(昭和一五)
あかあかと紅葉を焚きぬいにしへは三千の威儀おこなはれけむ 『天平雲』(昭和一七)
われさへや待ちわびたりし今日の日ぞ軍人(いくさびと)思へば胸熱くなる 『日本し美し』(昭和一八)
金剛(こんがう)のみねよりおろす寒風(さむかぜ)の或(あ)る夜(よ)はわれの魂(たま)吹きとほる 『金剛』(昭和二〇)
いくつものなめくぢ梅の幹這へり梅の身にならば溜(たま)らざらむ 『捜神』(昭和三九)
キャバレーに行くこともなし東京の夜を冬赤きにんじん食べる 『松杉』(平成四)
フランスの瓦(かはら)焼(やき)爺(じい)にいくらでもある顔といふか師をたふとべよ 『白木黒木』(昭和四六)
作品の成立年代と歌集の刊行順が必ずしも一致しないことに改めて気づかされる。作品の作成年と歌集の出版年とでは順番が逆転しているものが多い。
以下は、極簡単な佐美雄の年譜である。
【年譜】
明治三六(一九〇三) 奈良県北葛城郡に生まれる。
大正一〇(一九二一) 「心の花」に入会。
大正一五(一九二六) 上京。「心の花」の編集に参画。
昭和 五(一九三〇) 『植物祭』刊行。
昭和 八(一九三三) 奈良に帰住。
昭和二一(一九四六) 『短歌随感』刊行。
昭和四五(一九七〇) 神奈川県茅ケ崎市に移住。
平成 二(一九九〇) 没。
前川佐美雄の歩みを振り返ると、その作品は時代状況や生活環境の変化と密接に呼応しながら、常に新たな表現の可能性を切り開こうとする意志に貫かれていることがわかる。これからも折に触れて佐美雄の歌を開き、そのたびに新しい読みを発見していきたいと思う。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
