【第48回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


【第48回】
歌会と経済学
服部崇(歌人)


2026年4月24日、京都大学人文科学研究所においてワークショップ「詩と経済」を開催した。京都大学人文科学研究所・菅原研究室、京都大学経済研究所・服部研究室が合同で主催した。ワークショップの案内のためのフライヤーには次のとおり書かれた。

詩と経済。一見すると遠く離れた領域に見えますが、社会の動きや価値観の変化を映し出すという点で、両者は密接に関わり合ってきたのではないでしょうか。

本ワークショップでは、フランスと日本という二つの文化圏を手がかりに、詩と経済の関係を比較し、その連動のあり方を考察することをめざします。人文学と経済学の交差点に立ち、詩という表現が社会・経済とどのように関わり、互いに影響を与えてきたのかを多角的に議論します。

ワークショップでは四名からの発表報告が行われた。第一報告は菅原百合絵京都大学人文科学研究所准教授による「啓蒙期フランスにおける経済と詩——ヴォルテール『俗世の人(Le Mondain)』と奢侈論争——」。第二報告は中野芳彦青山学院大学文学部フランス文学科准教授による「十九世紀フランス詩人の栄光と悲惨——ユゴーから「呪われた詩人たち」まで——」。第三報告は堀切克洋武蔵野大学文学部日本文学文化学科教授による「文藝と実業の戦略的互助——高濱虚子と山崎楽堂——」。そして、第四報告は服部崇京都大学経済研究所先端政策分析研究センター特定教授による「現代短歌と経済の交差——鵬翼歌会の軌跡と展望——」。

第一報告から第三報告までの内容の紹介については別の場に譲るとして、ここでは第四報告「現代短歌と経済の交差——鵬翼歌会の軌跡と展望——」の内容の紹介を行うこととしたい。

1.「歌会」に対する5つの経済学的視点(試論)

「歌会」に対する5つの経済学的視点として文化経済学、ネットワーク外部性、行動経済学、公共財としての短歌コミュニティ、創作の「生産関数」について試論の提供を行った。

(1)文化経済学:短歌/歌会は「文化財」であり、価値は市場価格では測れない。

経済学は様々な領域を扱う学問であるが、そのひとつとして「文化経済学(Cultural Economics)」を提唱する一派がある。たとえば、David Throsbyの一連の研究が挙げられる。彼が掲げた価値の種類の中でいくつかを「歌会」に当てはめてみたのが次の表である。

歌会の文化財としての価値

価値の種類歌会
精神的価値(spiritual value)歌会に参加する楽しさ、創作の喜び
象徴的価値(symbolic value)歌会に参加するという文化的ステータス
歴史的価値(historical value)歌会の歴史の継承

参照)Throsby, David. 2001. Economics and Culture. Cambridge University Press.

(2)ネットワーク外部性:歌会では参加者の多様性が価値を生む

ネットワーク外部性に着目した研究はKatz and Shapiro (1985)の通信に関する研究にさかのぼることができる。ネットワーク外部性は、元来、参加者の「増加」によって価値が上がることを提唱した。ネットワーク外部性の考え方を歌会に適用する。歌会の参加者の増加によって、多様な題詠が生まれる、批評の質が上がる、新しい視点が得られる、作品の刺激が増えるなど、ネットワーク外部性の効果が生じるものとも考えられる。他方、個々の歌会の参加者の増加には限界があり、単純な人数の増加よりは参加者の多様性を追求する方がよいかもしれない。

参照)Katz, Michael L., and Carl Shapiro. 1985. “Network Externalities, Competition, and    Compatibility.” American Economic Review 75 (3): 424–440.

(3)行動経済学:題詠は「創作のナッジ」である

近年、行動経済学が注目されている。Robert Thalerらは2017年にノーベル経済学賞を受賞している。選択の自由を残したまま人々の行動をわずかに変化させる「ナッジ」に関する実証的研究も盛んになっている。ここでは、題詠は「創作のナッジ」であると主張したい。題詠は創作行動を最適化する経済的メカニズムとして機能する可能性がある。

参照)Thaler, Richard H., and Cass R. Sunstein. 2008. Nudge: Improving Decisions about Health, Wealth, and Happiness. New Haven: Yale University Press.

(4)公共財としての短歌コミュニティ

公共財の特徴としては、非排除性、非競合性が挙げられる一方、フリーライダー問題が存在する。共有地の使用に関して全員が同じ行動をとることによって資源が急速に枯渇し、結果的に全員が損をする「「コモンズの悲劇」にいかに対処するかがOstrom(1990)のテーマであった。歌会は公共財として提供されているとするならば、どのように歌会が運営されているか、あるいはより広く短歌コミュニティはいかに運営されているか、にもっと注意を向けてほしい。

参照)Ostrom, Elinor. 1990. Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action. Cambridge: Cambridge University Press.

(5)創作の「生産関数」:短歌はどのように生産されるのか

経済学と言えば、生産関数。短歌の創作は、以下の4要素からなる「生産関数」として捉えられる。

T = f (I, C, S, F)

            I: Input(素材)                            常経験、読書、記憶

            C: Community(共同体)                歌会、批評、題詠

            S: Skill(技術)                              表現技法、語彙、リズム

            F: Feedback(反応)                      コメント、選歌、評価

歌会はCとFを最大化する装置として機能するとみなすことができる。

2.パリ短歌クラブから鵬翼歌会へ(地理的共同体 → オンライン共同体 → ハイブリッド共同体)

ワークショップでは、鵬翼歌会の活動を紹介した。2022年7月から鵬翼歌会が開催されてきた。鵬翼歌会はパリ短歌クラブから派生した。パリ短歌クラブの歌会がフランス・パリにおける地理的共同体を形成していたとすれば、鵬翼歌会はこれまでオンライン共同体を形成することを行ってきたと言える。今後は、ハイブリッド共同体の形成という方向性が考えられる。今後の課題として、短歌コミュニティの持続可能性(歌会・吟行会)、商業誌・結社誌・同人誌の経済性、掲示板の有料化などの問題を語った。

パリ短歌クラブから鵬翼歌会に至る流れ


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024) 
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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