母の日の義母にかなしきことを告ぐ 林誠司【季語=母の日(夏)】


母の日の義母(はは)にかなしきことを告ぐ

林 誠司


五月の第二日曜日は母の日。

母の日、というと赤色のカーネーションを贈ることが多いが、私は毎年、カーネーションではなく、紫陽花の鉢植えを贈ることにしている。去年はたしか、おたふく紫陽花という花弁がぷっくりと膨らんだものを贈った。毎年、色々な種類の紫陽花が庭に増えていく。今年はどんな紫陽花にしようか、と花舗を覗くのは楽しい。

カーネーションと母の日の結びつきは、二十世紀初頭のアメリカ女性が、亡き母を偲んで白いカーネーションを配ったことがはじまりらしい。そして、それからのち、母の日は、白ではなく赤いカーネーションを贈り、感謝の気持ちを捧げる日となった。

そんな母の日に、掲句の作者は「かなしきこと」を告げている。よりによってこの日に、とも思うけれど、言わなければいけないことが、こういうハレの日をきっかけとして告げる覚悟が出来るということは、人生において、少なからずあることだ。

しかも、「母」ではなく「義母」であるところの複雑さが、この句の奥行きを深めていて、一句の背景を察することが出来る。

母の日に告げる「かなしきこと」は、他のどんな日であるよりも、なんだか切ない。

その心は、「義母」であっても「母」であっても、おそらく変わらないことだろう。

たった十七音の器の中に、しみじみとやるせないドラマが見える。

日下野由季


【日下野由季のバックナンバー】
>>〔30〕鳥帰るいづこの空もさびしからむに   安住敦
>>〔29〕おやすみ
>>〔28〕筍の光放つてむかれけり       渡辺水巴
>>〔27〕桜蘂ふる一生が見えてきて        岡本眸
>>〔26〕さへづりのだんだん吾を容れにけり  石田郷子
>>〔25〕父がまづ走つてみたり風車       矢島渚男
>>〔24〕人はみななにかにはげみ初桜    深見けん二
>>〔23〕妻の遺品ならざるはなし春星も    右城暮石
>>〔22〕軋みつつ花束となるチューリップ  津川絵理子
>>〔21〕来て見ればほゝけちらして猫柳    細見綾子
>>〔20〕氷に上る魚木に登る童かな      鷹羽狩行
>>〔19〕紅梅や凍えたる手のおきどころ    竹久夢二
>>〔18〕叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎
>>〔17〕水仙や古鏡の如く花をかかぐ    松本たかし
>>〔16〕此木戸や錠のさされて冬の月       其角
>>〔15〕松過ぎの一日二日水の如       川崎展宏 
>>〔14〕いづくともなき合掌や初御空     中村汀女
>>〔13〕数へ日を二人で数へ始めけり     矢野玲奈
>>〔12〕うつくしき羽子板市や買はで過ぐ   高浜虚子
>>〔11〕てつぺんにまたすくひ足す落葉焚   藺草慶子
>>〔10〕大空に伸び傾ける冬木かな      高浜虚子
>>〔9〕あたたかき十一月もすみにけり   中村草田男
>>〔8〕いつの間に昼の月出て冬の空     内藤鳴雪
>>〔7〕逢へば短日人しれず得ししづけさも  野澤節子
>>〔6〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ    川崎展宏
>>〔5〕夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ  千代田葛彦
>>〔4〕団栗の二つであふれ吾子の手は    今瀬剛一
>>〔3〕好きな繪の賣れずにあれば草紅葉   田中裕明
>>〔2〕流星も入れてドロップ缶に蓋      今井 聖
>>〔1〕渡り鳥はるかなるとき光りけり    川口重美


【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

horikiri