春の夜の自動拳銃夫人の手に狎るる 日野草城【季語=春の夜(春)】

 句集は十代から二十代半ばまでに詠んだ句が収録されているのだが、艶っぽい句も多く見られる。「京鹿子」の仲間からは「色気のある句」と評され、すでに草城俳句の特色の一つともなっていた。
   春寒や竹の中なるかぐや姫
   くちびるをゆるさぬひとや春寒き
   春の灯や女は持たぬのどぼとけ
   白南風や化粧にもれし耳の蔭
   初蚊帳のしみじみ青き逢瀬かな
   舌に載せてさくらんぼうを愛しけり
   一つ寝のはじめての夜の牡丹雪
   冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな

 句集中にたびたび登場する「妻」は結婚の約束をしていた恋人のことである。伊丹啓子著『日野草城伝』によれば、その恋人は、病弱であったことから紆余曲折のすえ年上の主治医と結婚したとのこと。
   妻もするうつりあくびや春の宵
   朝寒や歯磨匂ふ妻の口
   うら若き妻ほほづきをならしけり
   人の妻恋へば芙蓉に月険し
   道ならぬ恋の芽をつむ寒さかな

 「ホトトギス」の沈滞期に彗星のごとく現れた期待の新人日野草城は、後にホトトギスを支える四Sの先駆け的存在となる。的確な写生の句だけでなく、和歌の調べを持つ抒情的な句や新しい句材も詠んだ。そして、艶っぽい句、色気のある句は虚実ないまぜではあるものの草城俳句のなかの一つのジャンルとして確立されていった。

【第二句集『青芝』ダイジェスト】
 第二句集『青芝』は、落ち着きのある句集で、第一句集ほどのインパクトはなかったと評価されているのだが、それでも歳時記に採用された句は多い。
   燃え出づるあちらこちらの花篝
   あけぼのの白き雨ふる木の芽かな
   水晶の念珠つめたき大暑かな
   足元に大阪眠る露台かな
   栗飯のまつたき栗にめぐりあふ
   火の色の透りそめたる潤目鰯うるめかな

 この頃から職業俳句が見え始める。草城は、それまで俳句には詠まれなかった新しい句材を積極的に詠むのだが、いずれも物をしっかりと詠み焦点が定まっている。花鳥諷詠ではない写生、新興俳句の兆しがある。草城の職場俳句については、飯田冬眞氏が「日野草城のオフィス俳句─戦火想望俳句へ至る妄想俳句の源流」(WEB現代俳句2026年08月号)にて詳しく述べている。
   手をとめて春を惜しめりタイピスト
   眼をとむるヒヤシンスあり事務の閑
   タイピストコップに薔薇をひらかしむ
   初春や島田おもたきタイピスト

 色気のある俳句もしっかりと詠んでいる。「くつした」「手袋」「傘」といった小物使いが見事である。
   春の夜のくつしたをぬぐ女かな
   手袋をぬぐ手ながむる逢瀬かな
   泡雪やかりそめにさす女傘

 女性の身体を詠んだ句には、艶っぽいながらもしっとりとした情感がある。
わぎもこの肌のつめたき土用かな
   つれづれの手の美しき火桶かな
   火を埋めてからくれなゐに脱ぎほそる

 『青芝』は、二十代後半から三十歳までに詠んだ句から成る。この時期は、大阪海上火災保険会社に勤務しながら俳句活動をし、政江との結婚と第一子・温子の誕生があった。俳句活動では「馬酔木」に参加し、新興俳句運動に呼応し始めていた。句集には、タイピストやウエートレスといった職業婦人を詠んだ句や自身の職場を詠んだ句も見られる。そして、色気のある句も健在。艶はあるものの、いやらしさを感じさせない、そこはかとしたエロスの匂いを感じさせる句である。
 山本健吉は、日野草城を「極端な早熟型の極端な晩成型」(『現代俳句』)と評し、新興俳句に傾向した中期の句を通過点として評価しなかった。その早熟と評された句集が『花氷』と『青芝』なのである。だが、日野草城の本領が発揮されたのは、中期の句集『昨日の花』と『轉轍手』なのではないかと思っている。次回は、俳壇史上の問題作「ミヤコホテル」を収録する第三句集『昨日の花』を紹介したい。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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