まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修【季語=木枯らし(冬)】

まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる

平田修
(『白痴』1995年ごろ)

今日も木枯らしの句。というのも、『白痴』収録の冬の句はその大部分が木枯らしの句なのである。いや、実数としては半分程度なのかもしれないが、通読すると要所要所に差し込まれる木枯らしのイメージが強く入り込んでくる。汎用性があると言ってしまうのは下品だが、木枯らしはどこにでも発生するために俳句にとって”使いやすい”単語である。景が定まっていればそこに冬の情感を付け足すことができるし、観念的な句にも冬の寒さや風の強さといったイメージを上塗りすることができてしまう。風が(大気という他者から)自らに向かって吹いてくるものであることもあり、木枯らしとは一般に「外部の」言葉である。

対して平田の用いる木枯らしには、どこか内的なエネルギーが感じられる。先日紹介した〈木枯らし俺の中から出るも又木枯らし〉〈木枯らしのこの葉のいちまいでいる〉などに顕著だが、吹きすさぶ木枯らしと、あるいは木枯らしに飛ばされる哀れな木の葉たちと己の身体が、同じ単位を持つ存在として同化しているのだ。掲句の頭には「まくら」とあるのでこれは寝床から見た世界なのかもしれないが、それでも木枯らしが単に窓外の風景としてではなく今この瞬間に体内を渦巻いているようにすら見えるのは、彼の文体がなせる業だと思う。あるいは彼の場合、木枯らしの中で深い眠りに着くことだってできるだろう。

自然という大きなスパイラルそのものと溶け合うのではなく、あくまで自然に存在する事物ひとつひとつと自らを並列させるという態度。激しい書きぶりは、その小心の裏返しだったのではないかとすら思わせる。茂吉の「実相観入」に近い理屈も感じるものの、茂吉のそれが強く前を見据えた未来の表現のための理論であったのに対して、平田の「観入」はずいぶんと消極的で、哀しい。

ちなみに、この句の下五「とむらえり」は新かなで書かれているが、文法的には四段活用の「弔ふ」の已然形に存続・完了の助動詞「り」を加えた古文調である。平田は基本的に口語・新かなの作家なので、こうした調子は若干のイレギュラーであると言える。が、おそらく個々に対する分析はあまり意味を持たないだろう。俳句を始めるまで「国語する私の力が無に近かった」(「『卯月野』序文」より)と自嘲するように彼の俳句には文法的な瑕疵が多くあるが、それを取るに足らない些末な問題として一蹴しうるエネルギーをその文体が持ち得ているからである。

『白痴』からの紹介に入る際に「暗い句群である」というような趣旨のことを申し上げたが、少しだけ安心してほしい。「木枯らし」のゾーンを抜けると、「梅」「さくら」といった春の単語が多くなってくる。無論それらの句においても彼の躁鬱と悲哀は隠しきれていないが、色彩的な面で若干の救いが現れてくることは確かである。期待して、というのも変な話だが、引き続き緩やかに読んでもらえれば、と思う。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
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