さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修

さくらへ目が行くだけのまた今年

平田修
(『白痴』1995年ごろ)

掲句は分類するとしたら春の句。「だけ」という措辞やぎこちない字足らずのリズムから、咲き誇る桜の鮮やかさとは対照的に、「また(自分にとって辛いものとなることが予想される)一年が始まってしまうのか」というネガティブな展望を感じさせる。平田修には桜の句もかなり多いが、個人的に平田作品の屈折した美しさがもっとも表れているのがこの桜の句群だと思う。桜がいかに美しいか、素晴らしいかといったことは平田句でいっさい語られない。まあそんなことはいちいち述べない方が粋だ、というのは〈さま〴 〵 の事おもひ出す桜かな 芭蕉〉の頃からの通例なのだが、それにしても、である。

さて。いよいと2024年が終わる。この連載を担当しはじめたのは4月なので実際に稼働したのはまだ8ヶ月ほどということになるが、やはりなんとなくひとつの区切りがつくような感覚がある。日曜日の担当なのに遅刻をしてしまったためにいそいそと書き上げているが、それでも休載としたくなかったのは、こういった暦の区切りみたいなものを一応でも意識することが大事だと思っているからである。自分は季語・季題に依らない俳句を探し求める立場ではあるが(が?)、季節の行事やしきたりの重要性は人一倍意識しているつもりである。人が安定した共同体を営むために作り上げてきた行事というソリューションの効力を信じている、というべきか。季節ごとに手紙を書くことや盆に家族が集まること、花火を皆で観ることや年末にお守りを返納すること、それらはすべて人の社会が大小さまざまな共同体の集合であることを再認識するための、そしてその共同体にログインしている状態を保つためのパスワードである。


2024年は終わりますが、細村の連載は終わりません。特に任期の指定はなく小山さんに託していただいたこの連載ですが、とりあえずもうしばらくは平田修のことを書き続けたいと思います。この連載を続けられているのはひとえに読者の皆様のおかげですし、何より雄介さんをはじめとする小田原DA句会の皆様との交流がモチベーションになっています。みなさま、いつも本当にありがとうございます。この連載が平田修という作家のことを、そしてこうした無名作家の発掘という営みのことをすこしでも知ってもらうきっかけになればと祈りながら、来年も精進したいです。改めて、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします!

さくらから泡立って出て駅頭
平田修

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
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>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


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