木枯らしや飯を許され沁みている 平田修【季語=木枯らし(冬)】

木枯らしや飯を許され沁みている

平田修
(『曼陀羅』1996年ごろ)

4月になった。この連載を担当するようになったのが2024年の4月頭だから、ちょうど1年が経ったことになる。前任の玄紀さん、その前の安里琉太さん、さらにその前の小津夜景さんと、代々の日曜日担当はみなその執筆をちょうど1年で終えている。こう聞くとさも決められた任期があるコーナーのように見えるが、実はそうではない。マンスリーゲスト制をとっている火曜〜木曜の連載を除いて、その連載期間は執筆者に委ねられているのである。事実、月曜担当の央子さんは実に3年以上もこの連載を続けている(すごい)。つまりこの「ハイクノミカタ」執筆者には、事実上無限の任期が与えられているのだ。

では、この連載の「やめ時」とはいつになるのだろう。試しに日曜日の連載をつとめ上げた先輩方の最終回を覗いてみたところ、当該記事が最終回であることに言及していたのは玄紀さんのみであった。その最後の一文を引用してみる。

なぜ晴子の句が好きなのか、よくわかっていたつもりだったのが、連載を書くことになり、思った以上に苦戦した。逆に言えば、晴子俳句について言語化することは私にとってそうとう勉強になった。当方の舌足らずゆえにあまり伝わっていないかもしれないが、それでも自分の中では、晴子俳句への尊敬が一段と深まった一年であった。この機会に感謝したいと思う。

そこにいたという微かな体温だけを残して去りゆく小津さんや安里さんのスタイルにも痺れるが、僕は書き手として玄紀さんの実直な態度にいたく共感した。連載とは主張をふりかざして狼藉をはたらく場所などではなく、あくまでも書くことを許されている場なのだ。これは出版社やプラットフォームに権力があるからとかそういう話ではなくて、書き手と読み手が存在するという二者間の構造に由来するもの。すべての人に初めて2本の脚で立ち上がった瞬間があるわけだが、この連載はそんな初体験の連続である。毎週の原稿を書くたびに新しい作品と、新しい視座と、そして俳句というディストピアにまだ残された新しみと出会うことができる。そしてその出会いは、読者というフィードバックによってついに意味のあるものへと昇華する。

少なくとも今書いている平田修の俳句について、僕にはまだ書きたいことがある。今この瞬間に書きたいことが箇条書きでリストアップされているのではなくて、書きたいことがまだ発生しうるという確信に近い予感があるということだ。それは新たな平田俳句との出会いであると同時に、新たな自分との出会いでもある。いささかナルシシズムが過ぎたかもしれないが、この連載がつくり出すいち書き手の歩みと変化を、もう少し見守っていただけたなら幸いである。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
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>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
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>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
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