靴音を揃えて聖樹まで二人 なつはづき【季語=聖樹(冬)】


靴音を揃えて聖樹まで二人

なつはづき
『ぴったりの箱』

 クリスマスは、いつから恋人達のものになったのだろう。本来は、イエス・キリストの降誕を祝う日。教会では蝋燭を灯し、主であるイエスの誕生を讃美歌とともに語る。とある教会の降誕祭に参列したことがある。讃美歌が聖母マリアについて唄い、羊飼いの歌、馬小屋での主の誕生が語られると、入り口より赤子(人形)を抱いた使徒が登場し、主の人生を唄い始める。その間に蝋燭が配られ、隣の参列者と火を分け合い、教会が蝋燭の明かりで満たされるころ、神父が唄い始める。神父の質問のような歌に聖歌隊が回答のような歌を唄う。時には、美しき身振り手振りも交えて臨場感が増す。この演出は、日本神話を語る神楽にどこか似ていて、能やミュージカルへと続く演劇表現の展開を思わせた。いにしえの降誕祭のミサがどのようなものであったのかは分からないが、布教の過程にて歌や踊りによる演出が生まれたのではないかと想像した。

 聖樹もまた、日本の樹木信仰を思わせる。古代では、神の依り代となる木に鏡を掛けて、神の降臨を待つ。神の言葉を伝えるのは巫女の役割であるが、巫女は、通常の話し言葉とは違う詩的な言語で伝えるのだ。時には踊りつつ。それを〈日本文学の発生〉と定義付けたのは折口信夫である。

 キリスト教が日本に定着したのは、民族の記憶と共感できる部分があり、尚且つ、日本人が新しいものを受け入れる柔軟性を持っていたことによるであろう。

 戦国時代末期に増えたキリシタン大名、そして江戸時代のキリシタン弾圧。時を経て明治期の文明開化や欧米化、戦争などの怒濤の時代の末に、昭和2年、大正天皇祭(12月25日)が設定される。この大正天皇祭がクリスマスを普及してゆくこととなる。昭和初期には、クリスマス料理やサンタクロースの仮装もあったという。太平洋戦後、大正天皇祭は祝日から外されるも、米軍による支配下ということもありクリスマスを祝う風習は残った。米軍支配から独立後、高度成長期やバブル時代を経て、平成に入り12月23日が平成天皇誕生日の祝日となった。週末に有給休暇を重ねればクリスマスバケーションとなる年も続いた。学生達は冬休みに入る頃なので、クリスマスに向けて恋人を探すことに必死となった。

 現代ではクリスマスは、聖菓やプレゼントを売るための商業戦略となり、ケーキ屋や玩具売り場、ブランドショップは大繁盛。確かに私も幼い頃、ケーキが食べられる日は、クリスマスと誕生日だけであった。大人になったらきっと、恋人と贈り物をし合い、夜景の美しいホテルでディナーをするのだろうと思い込まされていた。

 そんな私の幼い頃、山下達郎の「クリスマスイブ」が街中に流れていた。〈きっと君は来ないひとりきりのクリスマスイブ〉という歌詞は、幼心にクリスマスイブに恋人と過ごせないことは、寂しいことという観念を強烈に埋め込んだ。日本の古典文学に当てはめると七夕の夜に恋人と一緒に過ごせないことと同じような感覚であろうか。

  靴音を揃えて聖樹まで二人   なつはづき

 今では、すっかり恋人達の行事と化してしまったクリスマス。クリスマスを一緒に過ごせない恋人は振って当然とまで言われている。この句の二人は、有名な聖樹の点灯式を見るために逢っているのだろう。相手の男性は女性の求めているものをちゃんと分かっている気の利く男性である。「伴天連の祭なんか興味ない。世間の常識の波に呑まれてはいけない」と主張してしまう私の夫とは違う。

 〈靴音を揃えて〉と表現しているので、同じ目的を持った恋人同士なのだ。そして、聖樹まで無言で歩いたのであろう。だから靴音が響く。無言だけれども分かり合えている感触が伝わってくる。

 聖樹というと円錐状のもみの木に星とか玉とかリボンを付けているイメージがある。直近の句会にて、電飾を巻き付けた木々も聖樹なのかどうかという論争が湧いた。枯れ木に花ではないが、枯葉の残る木々に灯る青い光もまたクリスマスの時期の風物ではある。難しい論争だ。

 先日、夫が「駅前の木々のイルミネーションが綺麗なので、一緒に見たい」と言ってくれた。やはり無言で歩いた。私自身も、世間の流行に呑まれるのは良くないという意識は持ってはいる。でも、美しいものは愛する人と共有したいと思う。クリスマスのイルミネーションも電飾技術師の生んだ芸術なのだから。

 クリスマスが季語である以上、俳人はクリスマスの時に沢山の失恋句や幸せな句を詠むべきだと思っている。この句の作者はきっと今年も幸せなクリスマスを過ごすに違いない。ワム! の「ラスト・クリスマス」になっていないことを祈るばかりである。一方で失恋の句も魅力的な作者。失恋の数だけ名句が生まれてしまうのも羨ましいところではある。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


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