望まれて生まれて朧夜にひとり
横山航路
私は高校の文芸部で部長をしていた。三年生のときの部員数は七人。弱小部活である。そこで私は、何を思ったか部全体で俳句に取り組むことにした。小説を書きたいと思って入部してきた同期や後輩に、私の独断で俳句をやらせるという強権政治をおこなったのである。しかしその中で、今も俳句を続けている、それどころか大活躍している後輩がいる。それが横山航路だ。彼はまじめで物事にコツコツ取り組み、けれど自分の芯があって、どこか飛び抜けているというか、飛躍のあるような人という印象だった。学年に関係なくどの部員ともよくコミュニケーションをとる人あたりのよさもあって、この人がいれば今後の文芸部は大丈夫だという安心感があった。そんな彼は今、北大俳句会「えぞりす」の共同代表を務めたり、第一回杉野一博学生俳句大賞の大賞を受賞したり、今年2月に有志機関誌『旗手(はたで)』を創刊したりと、まさしく大活躍している。本稿では、『旗手』創刊号より、彼の作品を中心に評したい。
望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
杉野一博学生俳句大賞の冒頭にも置かれている句。この、ほのかな明るさとほのかな暗さが同居していて、激しくはないがふんわりと心に迫るような余韻がある感じ。航路俳句だ。望まれないで生まれたのならば、きっと不幸せなのだろう、だから「ひとり」なのだろうと合点がいく。でも「望まれて生まれて」、でも「ひとり」なのだ。ぼんやりと明るい、艶っぽさもある「朧夜」に「ひとり」でいるこの主体は、果たして幸せなのか、不幸せなのか。どちらかに振り切っているわけではなくて、両方の感覚をもっていて、自分でもわからないのだと思う。自分の誕生を望んでくれた親に対する感謝や愛情もあるし、「ひとり」でいる今に対する不安や寂しさもあるし、でもはっきりしない自分の気持ちやアイデンティティを、季語「朧夜」が包んでくれる。
他にも以下の句を紹介したい。
先生は寡婦のあかるさ芒原 横山航路
冬籠マリオ死ぬときいつも晴れ 同
一句目、「寡婦」と「芒原」は近いようにも思うが、句全体で見ると言葉同士の距離感がちょうどよく感じる。先生という存在は、たいてい明るい。明るくなくてはならない、のかもしれない。それは「寡婦のあかるさ」なのかもしれない。助詞「は」と、中七の「あかるさ」で一度切れるところから、暗すぎずにさっぱりした句になっている。二句目、「マリオ」という句材に驚く。マリオのゲームをプレイしていて、ゲームオーバーにならないことはない。ゲームオーバーになることを「死んだ」と表現することは一般的だが、このように句にするとどうだろう。簡単に「死ぬ」と言ってはいけないというような説教くさいことを言いたいのではなくて、「いつも晴れ」と繋げることで、俳諧のような軽さがある句だと思う。主体は家に籠ってマリオばかりプレイしているが、マリオが死んで「あーあ、やり直しだ」とふと外を見ると、「いつも晴れ」ている。マリオの世界でも、マリオが死ぬときはいつも晴れているのかもしれない。
せっかくなので、他の個人作品も紹介したい。
七竈ぱらりと開く地図アプリ 今元春樹
天気予報の曲は短調長き夜 二神栞
春愁は立体駐車場の中 大崎美優
白き部屋白きオブジェや震災忌 小根楓子
好きだからこそやさぐれてきな粉餅 西宮ケイ
この『旗手』は、北大俳句会の機関誌ではなく、有志の機関誌である。北大俳句会のメンバーが中心ではあるが、『旗手』に参加している有志全員が北大俳句会のメンバーではないし、北大生ではないメンバーもいる。それもそのはず、「所属・年齢を問わず、北海道に縁を持つ若手の研鑽の場であること、そして次代の俳句作家の育成に資すること」(本誌1ページより)を目的としているからだ。新京大俳句会のメンバーとの座談会でも触れられているが、北海道の俳句事情は関東や関西とは異なる。高校で俳句をやっていた人が俳句を続けられる環境、大学で俳句を始められる環境、大学卒業後も俳句を続けられる環境。そういうものがもっと必要で、それは他から与えられることもできるが、自分たちでつくることだってできる。その先駆けとして『旗手』は重要な役割を果たすのではないかと思う。私は今は北海道に住んでいないし、大学の俳句会に所属したこともないので、この話題を語るにふさわしい人間ではない。ぜひ、ご自身の目で、『旗手』のメンバーの作品や座談会の書き起こしを読んでいただきたい。数を絞って刷ったとのことなので、お早めにどうぞ。
BOOTHのリンクはこちら→ https://yokoyamakouro.booth.pm/items/6608441
(島崎寛永)
【執筆者プロフィール】
島崎寛永(しまざき・ひろなが)
2002(平成14)年、北海道札幌市に生まれる。2017(平成29)年、俳句を始める。2019(令和元)年、雪華に入会。2020(令和2)年、大学進学のため茨城県へ。ポプラに入会。2025(令和7)年、雪華同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月26日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
【2025年1月の火曜日☆野城知里のバックナンバー】
>>〔1〕マルシェに売る鹿の腿肉罠猟師 田中槐
>>〔2〕凩のいづこガラスの割るる音 梶井基次郎
>>〔3〕小鼓の血にそまり行く寒稽古 武原はん女
>>〔4〕水涸れて腫れるやうなる鳥の足 金光舞
【2025年1月の水曜日☆加藤柊介のバックナンバー】
>>〔5〕降る雪や昭和は虚子となりにけり 高屋窓秋
>>〔6〕朝の氷が夕べの氷老太陽 西東三鬼
>>〔7〕雪で富士か不二にて雪か不尽の雪 上島鬼貫
>>〔8〕冬日宙少女鼓隊に母となる日 石田波郷
>>〔9〕をちこちに夜紙漉とて灯るのみ 阿波野青畝
【2025年1月の木曜日☆木内縉太のバックナンバー】
>>〔5〕達筆の年賀の友の場所知らず 渥美清
>>〔6〕をりをりはこがらしふかき庵かな 日夏耿之介
>>〔7〕たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋 小津安二郎
>>〔8〕ふた葉三葉去歳を名残の柳かな 北村透谷
>>〔9〕千駄木に降り積む雪や炭はぜる 車谷長吉