天に地に鶺鴒の尾の触れずあり
本間まどか
今年も俳句甲子園が終わった。優勝は神奈川の横浜翠嵐高校。僕の母校である洛南高校は2年生1人、1年生4人というフレッシュチームで大健闘したが、惜しくも準優勝に終わった。洛南はシルバーコレクターと呼ばれて久しく、過去23度全国大会に出場しているなかで今回が実に6度目の準優勝である。そして、優勝はゼロ。若いチームではあったが、今年の勝ち上がり方は「今年こそ」という予感を感じさせるに十分な勢いであった。作品のインパクトやパフォーマンスではなくディベートにおける堅実な守りと鋭い攻め筋で着実に勝ちを重ねていくスタイルは、常勝校の3年生にも劣らない風格すら感じさせた。洛南のみんな、お疲れ様です。そして、おめでとう!(おそらく)全く同じメンバーで戦う姿を来年も見られるのは本当に楽しみです。
さて、掲句は本大会(第28回大会)の最優秀句。学習院女子高等科の2年生、本間まどかさんの作品である。高野ムツオ氏の講評によれば、例年審査員長たちの意見が拮抗した末の投票決着となる最優秀句の選考において、今回は満場一致でこの句が選ばれたのだという。その形状や上下の動作からセキレイを別名「石叩」「庭叩」と呼ばしむる特徴的な尾羽が、天にも地にも触れていないのだという。注目すべきは「天に」の部分。地に触れていない、と言いおおせるのは常識的な写生の範疇だが、天という境目や輪郭のない概念的な存在を確かなものとして言い切ったところがこの句の眼目だ。尾羽を宙に浮かせた高貴な小鳥がただそこに”在る”ことを、脚色なく読み下した点もセキレイの美しさをまったく損なっていない。
(特に)俳句甲子園の最優秀句はどれも、最優秀を冠することに納得のいく良い句である。そして多くの最優秀句に共通しているのは、韻律や表記の面でたしかな「格調」を湛えていることである。
カルデラに湖残されし晩夏かな 青木智
滴りや方舟に似てあなたの手 桃原康平
戦死者のハンカチ青しそれを振る 岡智咲恵
ここでいう格調とは、伝統的な俳句らしい型を守っているとかそういうことではない。表記、韻律、口誦性、ポエジー、それら全てが調和して完璧な球体のように隙のない輝きを放っている状態のことだ。格調をそなえた句というのは、分析するまでもなく一読でその輝きが身体に入り込んでくるような覇気がある。強い言葉を使うわけでもなく、過剰なテクニックを凝らすこともなく読者の琴線に触れるような一句。そんな句を書くことを、いつも夢みていたいと思う。
P.S. 余談だが、最優秀句を受賞した本間さんは我らが草野球チーム「詠売巨大軍」にも所属する本間先生(先生と呼ぶのは、教員だから)のご息女である。本間先生も、おめでとうございます!
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔69〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
>>〔68〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
>>〔67〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
>>〔66〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
>>〔65〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
>>〔64〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
>>〔63〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
>>〔62〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
>>〔61〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
>>〔60〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
>>〔59〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
>>〔58〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
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