毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第46回】
与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
服部崇(歌人)
週末、宇治の平等院鳳凰堂を訪ねた後、宇治市源氏物語ミュージアムに向かう途中の「さわらびの道」と名付けられた遊歩道に与謝野晶子の「宇治十帖」の歌碑を見かけた。歌碑に関する説明文を探すと、「『宇治十帖』の歌碑に寄せて」一九九二年一〇月吉日、太田登、晶子没後三十年・市制四十周年を記念して、出典 源氏物語礼讃「明星」一九二二(大正十一)年一月号、筆蹟 与謝野晶子・堺市博物館所蔵巻物、とあった。与謝野晶子の歌碑では変体仮名が使われているので、わたしには読みにくく、活字の書かれたホワイトボードに頼らざるを得なかった。
与謝野晶子の「宇治十帖」の短歌についてもっと知るために、図書館で鶴見大学日本文学科・源氏物語研究所編『与謝野晶子が詠んだ源氏物語――鶴見大学図書館蔵『源氏物語礼讃』二種――』(花鳥社、2024)を借りて、読んでみることにした。同書には、「源氏物語礼讃」歌帖/大正十二年(一九二三)六月、「源氏物語礼讃」色替わり色紙/書写年未詳、の二種が掲載されている。歌碑とは、漢字、ひらがな等の異同が見られる。また、別の言葉に置き換わっている個所も見受けられる。一首まるごと別の歌に置き換わっているものもある。ここからは、与謝野晶子が「源氏物語礼讃」の推敲を何度も試みていたことが推察されて、興味深い。
以下、変体仮名が用いられている原典ではなく、通常の仮名に直して書かれている部分を主に用いているため、本来の面白みが薄れているかもしれないが、「宇治十帖」の十首について、歌碑(「明星」)、歌帖、色紙の三者を併記し、比較する。以下では、歌碑(「明星」)、歌帖、色紙の順に並べている。それぞれの違いが目についた箇所に下線を引いた。
橋姫
しめやかに心の濡れぬ川ぎりの立舞ふ家はあはれなるかな
しめやかに心のぬれぬ川ぎりの立ちまふいへはあはれなるかな
しめやかに心のぬれぬ川ぎりの立ちまふいへはあはれなるかな
椎が本/椎がもと/椎がもと
朝の月涙の如し真白けれ御寺のかねの水わたる時
あけの月涙のごとく真白けれ御寺の鐘の水わたる時
春の川遊仙窟のあたりまでゆくやと船の人にとはまし
総角
こころをば火の思ひもて焼かましと願ひき身をば煙にぞする
こゝろをば火の思ひもてやかましと思ひき身をばけぶりにぞする
こゝろをば火の思ひもてやかましとねがひき身をば煙にぞする
さわらび
さわらびの歌を法師す君に似ずよき言葉をば知らぬめでたさ
さわらびのうたを法師す君のごとよきことばをばしらぬめでたさ
さわらびのうたを法師す君のごとよきことばをば しらぬめでたさ
宿り木/やどり木/やどり木
あふけなく大御女をいにしへの人に似よとも思ひけるかな
おほけなき大みむすめをいにしへの人に似よとも思ひけるかな
おほけなき大御女をいにしへの人に似よとも祈りけるかな
東屋
ありし世の霧きて袖を濡らしけりわりなけれども宇治近づけば
朝ぎりの中をきつればわが袖に君がはなだの色うつりけり
朝ぎりの中をきぬればわが袖に君がはなだの色うつりけり
浮舟
何よりも危きものとかねて見し小舟の上に自らをおく
何よりも危きものとかねて見し小舟の上に自らをおく
何よりもあやふきものと思ひつる小舟の上にみづからをおく
蜻蛉
ひと時は目に見しものをかげろふのあるかなきかをしらぬはかなき
ひと時はめに見しものをかげろふのあるかなきかをしらぬはかなさ
ひと時は目にみしものをかげろふのあるかなきかをしらぬはかなさ
手習/手ならひ/手習
ほど近き法の御山をたのみたる女郎花かと見ゆるなりけれ
さめがたかゆめの半かあなかしこ法の御山にほど近く居る
さめがたかゆめの半かおぼつかな法の御山にほど近くゐぬ
夢之浮橋/夢の浮橋
明くれに昔こひしきこゝろもて生くる世もはたゆめのうきはし
ほたるだにそれとよそへてながめつれ君が車の灯は過ぎてゆく
ほたるだにそれと思ひてながめつれ君が車の灯のすぎてゆく
(注)蜻蛉の一首、歌碑の横に設置されている解説のホワイトボードでは「はかなき」となっていたが、これは「はかなさ」の誤記だと思われる。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
