毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第50回】
喩・声・幻影としての昆虫と動物
──梶山都の第一歌集『梅雨の一欠片』(典々堂、2026)を読む──
服部崇(歌人)
梶山都の第一歌集『梅雨の一欠片』(典々堂、2026)が上梓された。梶山都は、2021年から横山未来子が講師を務めるNHK文化センター「はじめてのやさしい短歌」を受講し、短歌を作り始めた。まもなく「心の花」に入会する。あとがきには、フィッツジェラルドと村上春樹で卒業論文を書いたと記されている。梶山都本人がどこまで昆虫や動物が好きかどうかは知らない。しかしながら、集中には、昆虫や動物の歌が散見される。昆虫類、クモ類、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の動物を詠んだ歌が収められている。
Ⅰ.喩としての昆虫・鮫・怪獣
蟷螂のかたちに空のくりぬかれ硝子戸のうち読む青き本 94
鮫の歯のごとく花弁のかさなれるガーベラいちりん朝の卓に 112
怪獣の蹠のごと降りきたるふたつ黄色の街路樹の葉の 62
一首目、カマキリの実物はここには存在しない。空の切り取られたかたちを言い当てるために呼び出されているに過ぎない。二首目、ガーベラの花弁の重なりがサメの歯に喩えられている。三首目、公孫樹の葉だろうか、降りくる二枚の葉が怪獣の足の裏に見立てられる。三首とも、蟷螂も鮫も怪獣という強い像は、実在の姿としてではなく、別の景を立ち上がらせるための補助線として機能している。
Ⅱ.虫・蛙の鳴き声を聞く
うすあをく翳れる道にあゆみ出づ植栽の奥に虫鳴きて止む 15
いつぽんの線分を濃くひくごとき蟬声(せんせい) 四車線の国道に 16
かへるの声聞きぬと思ふパソコンが動作やめたるひとときの間に 68
一首目は歌集の冒頭歌である。冒頭歌から虫が登場している。虫が鳴いてそして鳴き止む。二首目、四車線の国道に響くセミの声が線分という数学概念として提示される。三首目、そこにカエルが実際にいたのかどうかは不確かである。カエルの鳴き声のみが聞こえる。これらの歌では、虫や蛙は姿を消し、声だけがこころの中に残される。しかもその声は、ときには実在の確証を欠いたまま提示される。
Ⅲ.動物の幻影
七年を浅間の雨がくぐりきて流るる森のゐのししの風呂 90
熊棚とふ木の股あふぎ爪痕のながながくだればしんとする森 91
ツキノワグマの月のあたりの毛皮撫でて帰る車窓に青田つづけり 132
一首目、詠まれているのは、イノシシそのものではなく、イノシシが浸かった沼田場である。二首目も同様に、ツキノワグマ自身は姿を見せず、熊が木の実を食べるときに樹上に枝葉を集めて作られる「熊棚」のみが登場する。三首目、ツキノワグマは月のあたりが毛皮となっている。イノシシの浸かった風呂の跡、熊棚という食痕、月をかたどった毛皮の記憶――いずれも動物が去った後に残された痕跡や幻想だけが示される。
喩から声へ、声から痕跡へ。梶山都の歌には、生きものそのものではなく、生きものが立ち去った後に残る気配を掬い取ろうとする視線がある。梶山の歌集における昆虫や動物とは、対象として詠まれる存在ではなく、むしろ「不在」を通して世界の手触りを浮かび上がらせるための装置なのだと言える。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【49】人間は主体的に生きているのか
【48】歌会と経済学
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
