【第49回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


【第49回】
人間は主体的に生きているのか
服部崇(歌人)


このところ、生成AIの進化が著しい。AIは短歌をつくることができるのか。AIは短歌を「理解」し、短歌を批評することができるのか。気になるところであるが、「短歌研究」2026年7月・8月合併号に坂井修一と睦月都の特別対談「AIと短歌――2026」が掲載された(176~183頁)。

坂井修一の発言は関連したテーマはこれまでも話題に上ってきたことを思い出させてくれる。中島祐介「〈前衛〉と実作――生成AI時代に、人が短歌をつくること」(第41回現代短歌評論賞)に触れている。また、石川啄木の歌の自動生成、『偶然短歌』(いなにわ著 せきしろ著 飛鳥新社、2026)短歌自動生成スクリプト「星野しずる」に触れている。これらは「短歌をつくる」側面に属する事例だが、今回の対談では「短歌を批評する」側面に着目する。
 
対談のために、ChatGPTにそれぞれの自作1首を批評させるという「実験」を行い、その結果について両人がコメントしている。ChatGPTはプロンプト次第で回答が変わる。「指示者は作者自身と明らかにし過去のやり取りも参照しつつ評した場合」と「作者名を伝えず、批判的なトーンで評を書かせた場合」の結果を掲載している。それぞれの類似点・相違点についてコメントしている。対談の中で、今回のChatGPTの回答が一首のなかの同じ個所・同じ言葉を取り上げていることに注目している。同じ個所・同じ言葉を取り上げるのは、ChatGPTが採用している「アテンション(Attention)」という技術の結果であることを睦月は指摘している。

ChatGPTの回答は一定ではない。実際、坂井が行ったChatGPTによる自作の一首評と、睦月が行ったChatGPTによる自作の一首評とでは、その回答の「雰囲気」がかなり異なっている。

回答が一定とならない理由をChatGPTに尋ねてみたところ、①毎回、回答を生成しているから、②会話の文脈を考慮するから、③確率的な仕組み(もっとも最大確率のものを選ぶのではなく、確率に応じて抽選する)を使っているから、などがChatGPTの回答だった。また、それまでの会話履歴、質問の仕方、最新情報の有無、モデルや設定の違いなどの影響を受けるとの回答だった。

こうした点では、ChatGPTが行っていることは個々の人間がやっていることと同じである。ひとりひとりの人間にも、それぞれの会話履歴、質問の仕方、最新情報の有無、モデルや設定の違いがある。

この点をChatGPTに指摘したところ、「人間は自分自身の経験を主体的に生きて獲得するが、私は大量のテキストから統計的パターンを学習している」との回答だった。

対談は、人間に「残された領域」はあるのか、に話を進める。この点について、対談は、まだ楽観的である。睦月は「私がChatGPTがやっていることは評ではないと言っている理由の一つは、AIには「選ぶ」という行為ができないからなんです。」と発言している。坂井は「良し悪しは、あくまでも人間が判断することです。」と発言している。対談は睦月の「作る側も、受け取る側も、結局のところ人間を見ているんですよね。」という言葉で閉じられている。そこまで楽観視できる根拠がどこにあるのだろうか。

人間は主体的に生きているのか。また、ChatGPTに尋ねてみるとするか。


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【48】歌会と経済学
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024) 
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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