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昼酒に喉焼く天皇誕生日 石川桂郎【季語=天皇誕生日(春)】


昼酒に喉焼く天皇誕生日

石川桂郎


今日は令和になって二度目の天皇誕生日。この名称になったのは戦後のことだから、昭和の4月29日、平成の12月23日についで三代目ということになる。

歳時記の例句は当然のことながら昭和か平成のものだ。昭和と平成、令和と天皇誕生日に対する感覚はかなり変わってきているのではないかと思われるが、俳句にすればおおかたフラットな表情になってしまっている。素材が素材だけに、なかなか作りにくいというのが正直なところなのかもしれない。

  昼酒に喉焼く天皇誕生日

石川桂郎のことはこの句集(「含羞」)と「俳人風狂列伝」の作者ということくらいしか知らない。「俳人風狂列伝」は、ダメ俳人(俳句ではなく素行)がいかにダメだったかということを、時には突き放し、時にはしみじみと描いてたいへん面白い読み物だが、桂郎自身も現在の基準からみればかなり無頼に寄った人物だったということを、以前聞いた青木亮人さんのラジオ講演で知った。

そこで話されていたエピソードは、戦後まもなくの、まだ貧しかったころにもらった原稿料を妻子の待つ家に持って帰らず、酒食に変えてしまったという内容で、それくらい酒が好きだったということだ。

祝日である天皇誕生日、昼間から喉が焼けるほど酒を飲んでいる。まさに桂郎の自画像だろう。この句が作られた昭和27年当時、天皇の存在は今と比べてどうだったかはわからない。しかし、それがどのようなものだったにせよ、桂郎にとっては単に昼酒が飲める休日ということだったのだ。

この取り合わせは狙ってのものかもしれないが、私にはちょうど良い配合に思える。天皇誕生日というどこか色のついた日にこんな無頼を釣り合わせるところが、いかにも俳句らしいではないか。

「含羞」(1956年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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