隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨【季語=木の芽(春)】


隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな

加藤楸邨
(『雪後の天』1943年 交蘭社)


先週に続き、『昭和俳句作品年表 戦前・戦中篇』(現代俳句協会編、2014年、東京堂)掲載の昭和16年作中の一句。1941年といえば12月には太平洋戦争がはじまる暗い時代のただ中なのだが、同書を読んでいると、この楸邨の代表句をはじめ、ああこの句もこの年に詠まれていたのか、と思うものが多くある。恣意で抜くと、大野林火「あをあをと空を残して蝶分れ」、川端茅舎「朴散華即ちしれぬ行方かな」「約束の寒の土筆を煮て下さい」、富澤赤黄男「蝶墜ちて大音響の結氷期」、富安風生「本読めば本の中より虫の声」、中村草田男「汝等老いたり虹に頭上げぬ山羊なるか」、波多野爽波「鳥の巣に鳥が入つてゆくところ」、松本たかし「箱庭の人に大きな露の玉」、山口誓子「つきぬけて天上の紺曼珠沙華」などなど。こう佳句が並ぶと、この年の俳人達の気分について少し深掘りしてみるのもいいかもしれない、などとも思う。

さて、掲句。いまから80年前の3月のこと。加藤楸邨は隠岐に渡り、「隠岐紀行」176句を得、句集『雪後の天』に102句を入れた。朝日文庫の『現代俳句の世界8 加藤楸邨集』を読むとその数が出てくるのだけれど、全集を定本とした岩波文庫『加藤楸邨句集』ではさらに厳選されていて、80句あまりまで削られている。掲句はその「隠岐紀行」中の一句なのだが、そう言うよりいまさら紹介するまでもない加藤楸邨の代表句中の代表句であり、岩波文庫の解説(中村稔)でも「楸邨生涯の秀句としてあげる識者も多い。風景を鳥瞰的にとらえながら、観察はこまやかであり、何よりも調べが雄勁である。」と端的に賞賛されている。だから、楸邨がなぜ隠岐に赴いたのかとかこの句の成立の背景とか内容などは、ちょっと調べればいろいろ文献はでてくるから、ここでいちいち書くのは蛇足というものであろう。その意味で以下も蛇足である。

この句の上五中七は下五の修飾語である一物仕立ての句であると考えると、〈(舞台にあたる季節や場所)や(修飾語・被修飾語)かな〉という構造が、子規の「春や昔十五万石の城下哉」に共通する。その場合、「や」はいわゆる切れ字としての働きはなく、「の」と置き換え可能な間投助詞ではないかと思うが、子規の俳句分類丙号の「切」の分類を繙くと、この構造をもつ近世の句が一つある「山や雪ふらぬ日つもる都哉」(前左大臣實)。もっともこの句は、「雪ふらぬ日つもる」で降らぬ雪の代わりに都では日が積もると洒落ていると思われ、言葉遊びの成分が多そうではある。一方この「や」をあえて切れ字とみて読むとどうだろう。上五の末に「や」、下五の末に「哉」があるいわゆる二段切れの句であれば、子規の先の分類では40句あって案外に多く、しかも作者は肖柏、紹巴、宗牧、宗因、芭蕉、嵐雪、其角ら有名作家が並ぶ。片や上五の途中につかわれた「や」がある句は下五に「哉」がないものを入れて12句あるものの、私見ではすべて切れ字としては使われていないように思う。さて、楸邨の掲句の解釈をきちんと渉猟したわけではないのだが、「隠岐や」で切れていると読んでいる解釈はあるのかどうか。

(付記)
先週の星野立子の句「幻影の春泥に投げ出されし靴」は、『昭和俳句作品年表 戦前・戦中篇』には1940(昭和15)年で所収だが、全集の前書に従って1941(昭和16)年の作としておく。

橋本直


【橋本直のバックナンバー】
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>>〔1〕色里や十歩離れて秋の風       正岡子規


【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。


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