毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第52回】
現代語訳の試みについて
――永井祐訳・正岡子規『歌よみに与ふる書』(左右社、2025)
服部崇(歌人)
永井祐訳・正岡子規『歌よみに与ふる書』(左右社、2025)を買ってしまった。何度も見かけては素通りしていた。正岡子規『歌よみに与ふる書』はなんとなく読んだことがあったし、わざわざ現代語訳などで読まなくてもよいのではないかと思い、手に取ることを避けてきたのだが、この日は、少し時間に余裕ができたので、本屋で手に取ることにした。
『歌よみに与ふる書』を現代語に訳すこと自体はそれほど難しくないかもしれない。たとえば、本書に収録されている「十たび歌よみに与ふる書」の一部を実際に見てみると、
原文は、
只自己が美と感じたる趣味を成るべく善く分るやうに現すのが本來の主意に御座候。
永井訳は、
ただ自分が美と感じたものをなるべくよくわかるように表現するというのが本来の主意である。
といった感じである。
やはり本書を手に取らせるところには、訳者が永井祐であるということがあると思う。永井祐にとってなぜいま正岡子規なのか、永井祐は『歌よみに与ふる書』をどう読んだのか、ということに読者になる者としては関心が行く。そういう意味で、本書には「解説 子規と『歌よみに与ふる書』」と題してかなり多くのページが割かれているところも読みごたえがあった。
翻って私は何か自分で現代語訳をしてみたいと思えるような書物に出会っているだろうか。それほどのめり込めていないのかもしれないと反省する。
永井祐訳・・正岡子規『歌よみに与ふる書』を読んで、誰が何を現代語訳したくなるのかに着目したいと思った。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0

120年以上前の燃えるようなテキストが今、現代短歌界のトップランナー永井祐によって再生される——
正岡子規が1898年(明治31年)2月から10回にわたって新聞「日本」紙上に発表した伝説の歌論『歌よみに与ふる書』。俳句の近代化に力を注ぎ、文学者として影響力のあった子規が、つづけて短歌を近代化すべく論じた記事は、それまでの伝統的な和歌から現在まで続く近代短歌への転機となった。 初の現代語訳となる本書では、『歌よみに与ふる書』本編のほか、読者からの質問への回答「あきまろに答ふ」「人々に答ふ」、永井祐による正岡子規10首鑑賞、解説「子規と『歌よみに与ふる書』」を収録。
短歌ブームの現在、改めて短歌という詩型を考え直すきっかけとなる、タイムレスな魅力あふれる批評の書。
【試し読み】永井祐訳・正岡子規『歌よみに与ふる書』(左右社note)
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【51】山椒魚──馬場あき子『アスパラの芽立ちするころ』を読む──
【50】喩・声・幻影としての昆虫と動物──梶山都の第一歌集『梅雨の一欠片』(典々堂、2026)を読む──
【49】人間は主体的に生きているのか
【48】歌会と経済学
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典

