炎天を山梨にいま来てをりて 千原草之【季語=炎天(夏)】


炎天を山梨にいま来てをりて

千原草之(ちはらそうし))


暑い、本当に。

とにかく寒さがだめで、夜の長いのが辛く、ただ単純に遅くまで明るくて、暑いほうがいいと思う私ですが、暑いです、本当に。

とはいっても、冷房は引き続き苦手なので、エアコンをつけていても閉め切りにはできないし、汗をかくほうが好きなので、カレーを食べたり、熱いマテ茶を飲んだりしてますが、それにしても…

でも、なんとか連休になだれ込んで、オリンピックにもなだれ込む、そんな金曜ですよ。この点においては助かりましたよ、ほんと。

賛否のいろいろはありつつも、世界中で「TOKYO」がなかなかないくらい取りざたされる日に、「山梨」でもないのですが、ちょっと今日が開会式だというのに気付くのが遅すぎて、しかも、前回の開会式は「ど・秋」なので、それを引用してもあんまり臨場感もないということで、当初の通りに進めます。

夏バテにならない柔軟性とスタミナを兼ね備えた、スタメン・千原草之の句が続きます。

炎天を山梨にいま来てをりて

北関東の地名と言えば、「見たことも」「来たことも」ない宇都宮句が浮かぶけれど、こちらは「来てをり」句。来たことがない句にも驚いたけれど、「来てをりて」も一周して衝撃だ。「ない」ということは、「見た」「来た」の裏返しとして、句の中に新鮮な流れを作り出すのに対して、「いま来てをりて」は本当に言う必要の薄い事実だからだ。つまり、「山梨の炎天」を詠めば、そこにいるのは自明とされる事実ということだ。

昭和28年、この年の天気は知れないが、盆地である山梨はそれなりに暑いだろう。「いま来てをり」という表現にも驚くのだけれど、さらに驚くのは「て」で終わるこの句の宙ぶらりんさだ。だからどうしたの、だからなんなの、気持ちいいくらいの隙を残して、この句は終わる。

しかしどうだろう、この逃げ場も終わりもない炎天の下では、このだらりとした終わりこそが、「炎天」の全容を表していると言えるのではないだろうか。

今日始まるオリンピック・パラリンピックの終わりが、全容が、どうなるのかまだわからないけれど、山梨では明日24日、明後日25日、自転車のロードレースが行われるそうだ。沿道での観戦はお控えくださるようにということですが、人いきれが減って、ちったあ涼しい山梨になりますように。

『垂水』(1983年)

阪西敦子


【阪西敦子のバックナンバー】
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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