骨良しとした私春へ足 平田修【季語=春(春)】

骨良しとした私へ足

平田修
(『卯月野』1996年ごろ)

しばらく取り上げてきた句群『曼陀羅』もほとんどの句を紹介してしまった。今回からは『曼陀羅』と近い1996年ごろの句群『卯月野』を取り上げる。『卯月野』は平田の作品の中で句群の形で残されたものとしては最後の句群であり、わずか6句の作品から成っている。まさしく絶唱とでもいうべきこの6句を、本稿ではひとつずつ紹介していこうと思う。

骨良しとした私春へ足  平田修

不思議なリズムの句である。あえて俳句らしい音節に区切るとすれば、〈骨良しと/した私/春へ足〉という5,5,5のリズムになる。そして韻律だけでなく意味の上でも舌足らずなこの句に半ば無理やり補助線を引くとしたら、〈骨(を)良しとした私(が)春へ足(を投げ出す)〉といった具合だろうか。骨というのは動物が持つもっとも硬質な部位であり、それは鹿などの場合には角の形をとったりする。人間の身体も無数の骨から構成されるわけだが、その中でももっとも大きいのが大腿骨などの脚の骨である。ぶっきらぼうに投げ出した私の足(=身体でもっとも頑強な部位)、という句意はかなり硬質だが、あえて広く提示された春という季語の持つ空気がそれを落下防止ネットのように受け止める。思えば平田の作品は常に、どこかからこぼれ落ちてしまいそうな不安定さを抱えている。主観的な言葉や5,5,5という一見均一に見えてきわめて不安定な韻律が織りなすこの”不安定な安定”とでもいうべき独自の文体は、その危うさによって私たち読者を惹きつけてならない。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔74〕
>>〔73〕蓬から我が白痴出て遊びけり 平田修
>>〔72〕五体ほど良く流れさくら見えて来た 平田修
>>〔71〕星が生まれる魚が生まれるはやさかな 大石雄介
>>〔70〕秋や秋や晴れて出ているぼく恐い 平田修
>>〔69〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
>>〔68〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
>>〔67〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
>>〔66〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
>>〔65〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
>>〔64〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
>>〔63〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
>>〔62〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
>>〔61〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
>>〔60〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
>>〔59〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
>>〔58〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
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