ひっぱられ朝から黒く突堤に 平田修

ひっぱられ朝から黒く突堤に
平田修
(「まっ赤な紐」(『回覧誌』3号、1985年))

突堤とは海岸線と垂直に海へ向かって伸びる防波堤のことだ。物理的には、海流を制限することによって海岸線の侵食を防いだり砂の堆積を促したりする効果があるらしい。生活に即して突堤を眺めてみれば見つかるのは、たとえば海に向かって糸を垂らす釣り人の姿である。突堤の付近は岩や草が多いためか天然の漁場となっていることも多く、サビキの仕掛けをするすると下ろせば半自動的に小鯵が2、3匹くっついてくる。

掲句は「ひっぱられ」という主語不明の言葉から始まる不思議な句(もっとも、平田の句が不思議でなかったことのほうが少ないが)。有名句〈ひつぱれる糸まつすぐや甲虫 高野素十〉では結句に向けて糸を引っ張る主体が甲虫であるという種明かしがなされるが、掲句では終ぞ描かれない。そこにあるのはただ、”何か”に引っ張られて早朝の突堤に赴く人の姿のみである。

この句は作者に引きつけて読むというより、それこそ朝から突堤で釣りをする人々を俯瞰して詠んだ句であるというように読んだほうが面白い。時期にもよるが朝釣りには基本的に防寒が必要であるから、人々は思い思いの防寒具に着膨れながらいそいそと突堤へ向かっていく。釣りというのは海に暮らす魚をこちらが引っ張って捕獲するというアクティビティであるはずなのに、その実釣り人たち自身のほうが海に惹きつけられていたという転換には、素朴なユーモアがある。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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