空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修【季語=空蟬(夏)】

空蟬より俺寒くこわれ出ていたり

平田修
(『曼陀羅』1996年ごろ)

空蝉は中身がポッカリと抜け落ちたその姿や、数年から十年というきわめて長い幼虫の期間を経てわずか数週間の命を成就するという蝉そのものの悲劇的な特性ゆえに、生というものの儚さや苦しさ、あるいは幻想やロマンといった事柄とともに詠まれる事が多い。

空蝉のなほ苦しみを負ふかたち  鷹羽狩行
わが死後は空蝉守になりたしよ  大木あまり
切腹に作法空蝉すぐ固く  柳生正名
蝉は雪を見たくて殻に目をのこす  三宅爽太

これらはそこに分類できるタイプの作品だろう。事実として空蝉とロマンチシズムの相性は良く、それには樹皮にしがみつくような空蝉の形状や空洞を湛える内部といったその物理的特性も寄与しているだろう。一方でそうした物理的特性を利用し、空蝉を内部に虚の空間を抱えた物質と見立ててそこにユーモアを差し込むという手法も存在する。

空蝉のなかあはあはと風が吹く  鍵和田釉子
空蝉のなかにも水のひろがりて  阿部青鞋
空蝉のなかは運河の街であり  守谷茂泰

蝉という昆虫の宿命的な儚さを無視した時、そこには脆く奇妙な構造物が現れる。精巧に残された目や口のディテールは、羽化の瞬間までその内部で生命が伸長していたことの証明だ。つくづく空蝉とは、俳人好みの素材だと思う。
ところが、自己を蝉や空蝉に投影する詠み方というのは意外と多くない。蝉がすでに持つドラマ性が、演出として過剰に機能してしまうのだろう。掲句はその点で、空蝉という素材のセオリーを逸脱した作品だ。

空蟬より俺寒くこわれ出ていたり  平田修

空蝉の脆い殻を破って出てきたのは蝉ではなく、自分自身であった。蝉の羽化は暑い季節の出来事だが、殻の中という安寧の空間と比較すれば外界とは厳しく寒いものである。さらに言えば、殻だけでなく出てきたばかりの自分すらもう壊れはじめてしまっている。蝉は夏とともにその生涯を終えるが、人の一生はそう簡単には終えられない。木々に残された空蝉は、夏を過ぎたあとの私たちの生き方を見守っている。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔65〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
>>〔64〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
>>〔63〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
>>〔62〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
>>〔61〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
>>〔60〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
>>〔59〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
>>〔58〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


関連記事