胴ぶるひして立春の犬となる
鈴木石夫
今日は〈立春〉。二十四節気の一つで節分の翌日。冬至と春分の中間にあたり、〈立春〉から立夏の前日までが暦の上での「春」となる。寒が明けたばかりで、まだ寒さは厳しいが、日に日に陽も高くなり、それにつれて植物や動物も蠢きはじめる。人の社会でいかなることが起きていようとも季節はちゃんと巡っていることを改めて感じる。四季の中でも、冬から春への巡りはことに嬉しいものだ。
「春は名のみの風の寒さや」で始まる日本の唱歌、「早春賦」はちょうどこの時期をいったものであり、メディアでも「暦の上では春ですが」という挨拶が聞かれる頃。そんなこともあって日本では〈立春〉が春の始まりであることは知れわたっている感がある。
一方アメリカでは一般に、「春分」(Spring equinox またはVernal equinox)を「春の最初の日」と呼んでいるので、今この時期は冬のさなか。「日本の暦ではもう春なんだよ」とアメリカ人の友人に話すと強烈に驚かれたりする。
そんなわけで、てっきりアメリカでは〈立春〉は意識されていないものだと思っていたのだが、あるとき面白いことに気が付いた。「春の始まり」としてではないが、「春はあとどれくらいでくるのか」と、春の到来を占う行事が〈立春〉の頃にあるのだ。
それは昨日、毎年2月2日のグラウンドホッグデー(Groundhog Day)。アメリカ合衆国とカナダで催される、リスの仲間のグラウンドホッグ(またはウッドチャック)という動物の行動で春の訪れを占う行事だ。占いの中で言う「春」は〈立春〉という意味ではなく「春の暖かい陽気」のこと。古代ヨーロッパの「冬眠していた動物が早く目覚めすぎると自分の影を見て驚き、ふたたび巣穴に戻ってしまう」という言い伝えから「晴れていてグラウンドホッグが自分の影を見て驚き、巣穴に戻れば冬はあと6週間続き、曇っていて自分の影を見なければ春は近い」とする行事だ。1993年に映画『Groundhog Day』(邦題は『恋はデジャ・ブ』)が公開され、殊により多くの人々に知られるようになったという。
アメリカで最大の式典はフィラデルフィア州で行われ、グラウンドホッグの「フィル」により占ったものが、アメリカ公式の春予測とみなされるという。ニューヨーク公式のグラウンドホッグはスタテン島の「チャック」。この日は、必ず「フィル」と「チャック」の春予測がニュースに登場するほど人気の行事だ。大観衆がグラウンドホッグの一瞬の動作に注目し、大きく反応する光景は、春(暖かい陽気)の到来を楽しみにする心そのもの。
今年の結果は、フィラデルフィア「フィル」によると、影を見たので冬はあと6週間続き、ニューヨーク「チャック」によると、影を見なかったので春は近い、という。これを報告したテレビのニュースキャスターたちは、愛くるしいグラウンドホッグの仕草に、終始和やかで笑顔に満ちていた。
お気付きの方もいると思うが〈立春〉から6週間後は「春分」、アメリカにとっての春の最初の日であるので、この占いは「どんなに冬(寒さ)が続くとしても、ちゃんと春の始まりには春(暖かい陽気)になりますから大丈夫ですよ」というメッセージでもあるのかな、と思って筆者は微笑んでいる。
まだまだ寒いとしても、確かに巡りくる春へ意識を向ける、という意味では、グラウンドホッグデーがアメリカの〈立春〉の役割をしているように思う。
さて、いよいよ掲句である。
胴ぶるひして立春の犬となる 鈴木石夫
グラウンドホッグに限らず動物は、季節の変化にことに敏感であろう。特に春は恋の季節でもある。胴を震わせた犬を〈立春の犬となる〉と表現したことで、その犬の目の輝き、息遣い、肢体のしなやかさなど、犬の存在の隅々に満ち躍動する、命の生々しさが伝わってくる。
春だ。
(月野ぽぽな)
【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
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