連載・よみもの

【#27】約48万字の本作りと体力


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#27】


約48万字の本作りと体力

青木亮人(愛媛大学准教授)


愛媛の出版社、創風社出版から『愛媛 文学の面影』という随筆集を三冊刊行させてもらうことになった。愛媛は東予・中予・南予の三地方に分かれており、各地方によって文化や歴史の特色がある。当初は一冊の予定だったが、結果的に三地方ゆかりの文学や文化についてそれぞれまとめることになり、一冊あたり250~270ページあたりでまとめることにした。

中予編は刊行中で、南予・東予編が9月下旬頃から店頭に並ぶ予定

文字数としては三冊合計で約48万字となり(当初は50万字ほどになったが、多すぎるのでカットした)、かなりのボリュームになった。既発表の内容も多いが、いずれも全面的に書き直し、ほぼ書き下ろしに近い増補を行った章が多くを占めるため、個人的な感覚では80%が書き下ろしで、20%が既発表という感じである。

これまで刊行させてもらった単著で最も字数が多いのは『近代俳句の諸相』(創風社出版、2018)の約20万字だった。約340ページ強だったが、評論や論文等の既発表が大部分だったため、一冊にまとめるにあたり、手がけた分量が多いという印象はそこまで強くなかった。

一方、今回の『愛媛 文学の面影』三部作は倍以上の文字数であり、合計で約800ページ弱、しかも大部分が書き下ろしに近かったため、完成にこぎつけるまでに費やした体力・気力は想像以上のものがあった。

内容も多岐にわたり、俳人の高浜虚子や中村草田男、種田山頭火といった著名人は無論だが(いずれも中予編)、例えば松山キリスト教会の西村清雄や芸術家の大竹伸朗氏に多くのページを割いたり(ともに南予編)、また太平洋戦争の特攻隊第一号とされる関行男と母サカエや小説家の林芙美子、また別子銅山の各集落の暮らしぶりにも触れるなど(いずれも東予編)、各地方ゆかりの人物や出来事も文学や詩歌に関連させながら多数紹介している。

他にも松山の市電の歴史や建築について、また南予の菓子の独特さや東予のレアなうどん自販機なども紹介するなど、愛媛で生活する中で関心を抱き、見聞きしたことをヒントにまとめたものなども綴っている。

こういった愛媛に特化した様々な内容をまとめながら本として刊行することができたのは、何より創風社出版の大早夫妻のご尽力の賜物に尽きる。出版不況が叫ばれる昨今、愛媛ゆかりの文学や文化について三冊も刊行するというのは冒険に近く、お二人のご厚意と心意気があって初めて成り立つ企画であり、とにかく感謝の他ない。

同時に、三部作をまとめるにあたって個人的に感じたのは「本を複数まとめるには体力が要る」というシンプルな認識だった。雑誌掲載の原稿ではなく、数百ページのボリュームを一冊にまとめるには根気が要るのは無論だが、その根気を支えるには一にも二にも体力、ということを強く感じたのである。

小説家の村上春樹がかつて経営していたジャズバーを辞めて専業作家になる際、煙草をやめ、朝型の生活に切り換えて規則正しい生活を送るとともに、マラソンを始めたという理由が分かった気がしたものだ。膨大な文章を日々書き続け、また長大な物語を書ききるには気力や集中力その他もさることながら、それら全てを下支えする体力と生活習慣が不可欠に感じられた。

あるいは、中年以降の高浜虚子が延々と規則正しい生活を続け、生活習慣を守りながら仕事を倦むことなく続けたという話もよく分かる気がした。中年で不規則な生活を続けるとどうしても体力が落ち、効率が落ちるような気が個人的にしたため、後半生の虚子が黙々と規則正しい暮らしをしたのは自然に感じられたのだ。これは中年になって初めて実感した体験であり、まさかこういうところで高浜虚子や村上春樹を身近に感じるとは思わなかった。中年の役得(?)というべきだろうか。

若い頃であれば体にモノを言わせて乗りきることができたかもしれないが、もはやムリの利かない年齢であり、体を少しずつ労りながら作業を進めねばならない。『愛媛 文学の面影』収録予定の原稿を書いている期間は、長期的に書き続けるための体力をいかにつけるか、また疲労を溜めないためには何をすればよく、何をすれば疲れが抜けないのか、といったことを試行錯誤する期間でもあった。

とにかく中年の体は昔のように動いてくれない……と、こんな風に振り返っていると何だか「中年が執筆を続けるにあたってのいくつかの注意事項」といった冴えない話になりそうなので、三部作についての話はまた次回以降にしよう。

なお、『愛媛 文学の面影』中予編は「サライ」2022年8月号の俳句特集記事で参照されており、松山と俳句の関係をまとめる際に参考にして下さったようだ。下記はヤフーニュースに転載された記事のリンク先で、「一茶が師の足跡を辿り~」の末尾に拙著名を挙げて下さっている。

正岡子規や高浜虚子の足跡を辿る【俳句の心とその風景を巡る旅(愛媛県・松山 城下)】

一茶が師の足跡を辿り、子規が未来を夢見た浜【俳句の心とその風景を巡る旅(愛媛県・松山 三津)】

※『愛媛 文学の面影』中予編のamazonページはこちら

【次回は9月30日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】

>>[#26-4] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(4)
>>[#26-3] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(3)
>>[#26-2] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(2)
>>[#26-1] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(1)
>>[#25] 写真の音、匂い
>>[#24] 愛媛の興居島
>>[#23] 懐かしいノラ猫たち
>>[#22] 鍛冶屋とセイウチ
>>[#21] 中国大連の猫
>>[#20] ミュンヘンの冬と初夏
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>>[#17] 黒色の響き
>>[#16] 秋の夜長の漢詩、古琴
>>[#15] 秋に聴きたくなる曲
>>[#14] 「流れ」について
>>[#13-4] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(4)
>>[#13-3] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(3)
>>[#13-2] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(2)
>>[#13-1] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(1)


>>[#12] 愛媛のご当地菓子
>>[#11] 異国情緒
>>[#10] 食事の場面
>>[#9] アメリカの大学とBeach Boys
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと



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