春を待つこころに鳥がゐて動く 八田木枯【季語=春を待つ(冬)】


春を待つこころに鳥がゐて動く

八田木枯

「動く」という動詞を持ってきたことが胆力という感じがする。

「春を待つ」を、私はかねてより不思議な印象の季語だなと思っていた。というのも、「春を待つ」という言葉の印象は暖かく、ともすれば既にして春らしい感じさえする。ただ、この季語は冬に分類されている。「春を待つ」の句の景を実際に思い浮かべようとすると、まだまだ冷えて寒い感じがして、言葉の印象からふっと逸れてしまう。こういう矛盾とも似た変な読み味が面白い言葉だと思っているのだが、いざ作るとなると存外難しい。

さらっと読み流してしまいそうになるが、「春を待つ」とか「動く」とかの言葉にあらためて足を止めてみると、なんとも油断ならない句だ。

「たとえば私が、花!という。すると私の声がいかなる輪郭をもそこへ追放する忘却状態とは別のところで、[声を聴く各自によって]認知されるしかじかの花々とは別の何ものかとして、[現実の]あらゆる花束の中には存在しない花、気持ちの良い、観念そのものである花が、音楽的に立ち昇るのである」とはマラルメの言である。この句の「鳥」は、正しくこの「花」と寸分違わぬものであるように思う。この世のどこにもいない、観念としての鳥。俳句は言葉で書かれているのだと強く思わされる句である。

(安里琉太)


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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