麦秋や光なき海平らけく
上村占魚
先週、連休ロスの心身にやさしく過ごしたところ、なんかちょっと自分を甘やかしすぎた。そんな私の動向を察して戒めるかのように、東京は天気もいまいち。もう、梅雨入り出してもいいんじゃないのと思えるような金曜ですよ。
そんなこんなで、虚子の序文にある「前途は多望である。自重せられんことを望む。」という言いつけに従って(いえ、占魚に対しての言葉ですけれど)今週は自重しております。
というわけで、先週、取り上げそこなった句を今日は取り上げます。
麦秋や光なき海平らけく
「光なき海」――。夜であれば、海も空も見えないし、麦畑を感じるのも難しいだろうから、「日の当たっていない海」というほどのことだろう。確かに、日の反射のない海は立体感に欠けるが、その平坦さをさらに印象的にするのが「麦秋」だ。麦は実りの時を迎えて、光を受けて輝き、穂は波打つ。それに対して暗い海。なんとなく「遠山に日の当たりたる枯野かな 高濱虚子」を思い出すのは私だけだろうか。
麦刈りは梅雨の前に行うものであるらしく、本来であればまさに今からというところ。ただでさえ、実りから梅雨の間を縫って行うもの。梅雨の早い今年は大変だろう。ほかに麦刈の句では、手を動かしているのかもしれないが、作者が知れるとなんとなく傍観者風が漂う、こんな句もある。
さくさくと麦を刈るなり運ぶなり
それにしても、麦秋で占魚といえば、やっぱり喉が渇くという連想は一瞬置くとして、前回は占魚の酒の句を取り上げた。改めて序文を読むと、虚子もその中で「酒の句、並にそれに関係した句」を集めて、「この作者の生活の一端を伺ふことが出来るような心持もする。」と書いている。
その集めた中にこんな句を含めたのは、さすが虚子の洞察の深さ。
本あまた銭とかへたる春夜かな
替えた金の使い先をからかうような視線が優しい。
春ではないけれど、本でも整理して穏やかな週末になりますように。
(阪西敦子)
【阪西敦子のバックナンバー】
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】