俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修【季語=寒い(冬)】


俺の血が根っこでつながる寒い川

平田修
(『血縁』1994(平成6)年ごろ)

血は血管という組織を通じて身体を巡っている。肺で酸素の供給を受けた新鮮な血液は心臓から送り出され、全身に酸素を行き渡らせる。こうした酸素供給のネットワークは手足の先まで張り巡らされており、それにより身体は脳からの信号に適切な返答をすべく備えることができる。

植物における根っこの役割もまた、血管と同じである。植物は地中に張った根から水分を吸い上げ、それを全身に循環させる。人の指先と同様、葉の一枚一枚にもそのネットワークは展開されている。もっとも、植物の根は水分の循環だけでなく樹体の保持という別の(重要な)役割を担うという点で血管とは異なるニュアンスを持つが。

己の内部器官である血管と、地中に巡る木の根、そして近くを流れる川までもが一つの脈としてつながる。「俺の血」と「川」が”根っこの部分で”繋がっているという比喩的な読み方もできようが、ここでは木々も含めた森羅万象との接続をダイナミックに読み取りたい。思えば川も国土という身体の中における供給のネットワークである。古来より人は川沿いに文明を作る。ある意味で我々人類にとって川とは根源の地であり、川のネットワークはそのまま人のネットワークをも表象する。人の営みと植物の繁栄、そして今ここに立つ「俺」という個人が森の中で一つになる。これは風景の中における水平的な繋がりだけでなく、悠久の時間という垂直方向の繋がりでもある。

こうした感覚を得るためには、己を限りなく空洞に近づける必要があるだろう。そういう意味でこの句は、自らを厳しく律した平田が達した一つの境地であると言ってもいいだろう。果たして僕たちは、自分自身やそれを取り囲む森羅万象にどれだけ真剣だろうか。思わず漠然とした思考を恥じてしまうような一句である。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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