宙吊りの東京の空春の暮  AI一茶くん【季語=春の暮(春)】

宙吊りの東京の空春の暮

AI一茶くん


 ひょんなことから、台湾華語を勉強し始めた。台湾華語は台湾で使われている中国語で、大陸中国で一般的に話されるいわゆる「普通話」とは用いる漢字や発音、語彙の一部が異なる。台湾華語を勉強する中で、Google翻訳を使っても上手く翻訳できないことが少なくなかった。意味の取りにくい日本語訳が出てきたり、ネイティブに伝わりにくい台湾華語訳が出てきたりする。そこで私は、インドネシア語を勉強する友人から、「マイナーな言語の翻訳はChatGPTに限る」と教わった。それまでChatGPTを使ったことがなかった私が半信半疑で使ってみたところ、なんとも自然な翻訳ができるではないか。例えば以下のような翻訳ができた。

(私の入力)
領導階層的文化背景主導整體社會 を単語ごとにわけて説明して

(ChatGPTの返事)
「領導階層的文化背景主導整體社會」(拼音: lǐngdǎo jiēcéng de wénhuà bèijǐng zhǔdǎo zhěngtǐ shèhuì)は、「指導階層の文化背景が社会全体を主導する」といった意味です。これを単語ごとに分けて説明すると、以下のようになります。
領導 (lǐngdǎo):指導者やリーダーを意味します。誰かを指導したり、統率する立場にある人々です。
日本語で「指導」「リーダーシップ」などと訳されます。
(中略)
このフレーズ全体は、「指導階層の文化背景が社会全体を導く」または「リーダー層の文化的背景が社会全体に影響を与える」といった意味になります。

 こんな調子で、台湾華語の勉強が格段にスムーズになった。AIとはこんなに便利なものかと実感した。
 AIが私たちの日常にぐっと近づいたのは、ここ数年の出来事だろう。それまでは近未来のSF的な存在だったのが、将棋やチェスで人間に勝ったり、絵や音楽をつくれるようになったり、そして、俳句を詠めるようになったりしている。「AI一茶くん」は北海道大学大学院情報科学研究院調和系工学研究室で開発されている、俳句を詠むことのできるAIである。本稿の執筆にあたって参考にした『人工知能が俳句を詠む――AI一茶くんの挑戦』(2021 オーム社)は、前述の北海道大学の研究室の、川村秀憲・山下倫央・横山想一郎の共著である。AIの仕組みやAI一茶くんの仕組みはここでは説明しないが、AIが賢くなるためには、多くの学習データが必要となる。その学習データを得るために、北海道の多くの俳人が協力している。私がよく知っている雪華や【itak】の俳人たちが何人も登場し、個人的にはそんなところも含めて楽しく読んだ。
 学習データのまだまだ足りない、2017年の開発初期段階では、AI一茶くんはこんな句を詠んでいた。

  かおじまい つきとにげるね ばなななな
  こあついの かねのしたして すむかおし

 俳句と呼べないどころか日本語かどうかも怪しい謎の十七音の羅列である。ここから約二年後には、こんな句を詠むようになった。

  花筏北に向ひて歩きけり
  殉教の島より北へ鰯雲

 ずいぶんと俳句らしいではないか。作者を伏せて句会にこんな句があったら、選を入れてしまいそうだ。ただ、このときのAI一茶くんは、こういった句も詠んでいる。

  北ささや寒夜止みたるチチすほし
  李欄干合歓は北矢の痕づける

 こちらは全く意味がわからない。俳句初心者の句という雰囲気ではなく、ただただ意味がわからない。なんとなく日本語のパーツっぽいものが細かく並んでいるだけで、意味を成していない。これらの句からわかることは、AI一茶くんの俳句の学習の仕方は、人間の俳句のそれとは全く異なるということである。
 AI一茶くんに限らず、AIが文を生成する際に基本としているのは、サイコロである。例えば一文字目が「北」である確率はこれくらい、「北」の次に「さ」が来る確率はこれくらい、「さ」の次に「さ」が来る確率はこれくらい……。気が遠くなるほどの膨大な量の文章を学習して、サイコロを振って文を生成する。だから、学習が足りないと、「北ささや」のように、日本語のパーツっぽいものが細かく並んだ文字の羅列ができる。「花筏」も生成の仕組みは同じで、「北ささや」が生成されるのも、「花筏」が生成されるのも、確率は変わらない。人間がそこに意味を見出すかどうかの違いである。こういう文字の羅列は意味がわかる、こういうのはだめ、というのをまた学習させて、AI一茶くんは賢くなっていく。
そして2020年には、こんな句を詠む。

  宙吊りの東京の空春の暮

 東京という大都会の、人間も物質もたくさんあるはずなのになぜか感じる空虚感を、季語「春の暮」と取り合わせた情緒あふれる句だ。これを詠んだAI一茶くんは、情緒を解しない。「春の暮」の意味を、真に理解しているわけでもない。「春の暮」という言葉はこういう言葉と意味的に近いとか、こういう言葉と一緒に使われることが多いとか、そういうことは大量のデータから学習している。でも、艶やかで気だるげな、春の暮のあの空気感をAI一茶くんは知らない。この句から何かを感じたり、心を動かされたりするのは、鑑賞者が人間だからだ。人間が鑑賞するから、AI一茶くんの句に価値づけがなされるのではないか。
 開発者や協力者の度重なる試行錯誤によって、AI一茶くんはどんどん成長している。他にも私が気に入った句を紹介しよう。

  捨てられてこの世の花になりすまし
  切り株のような女が二人灼け
  コスモスを挿してそのまま渚まで
  外套につつまれた顔続きをり

 AI一茶くんの成長は、決して悲観的なことではない。今のAI一茶くんは過去の人間の句から学習しているから、見たことのない大胆な句はほとんどつくれないし、選句も難しい。今後さらにAIが進歩して、AI一茶くんがもっと幅広い句をつくるようになったり、上手に選句をするようになったりしたとしても、俳人がAIに取って代わられるとか、人間が俳句を詠む意義がなくなるとか、そんなことは到底思わない。才能あふれる俳人と出会ったとき、「こんな上手な句を詠む人がいるなら私が句を詠む意義なんてない」と思わないのと同じように、「こんな上手な句を詠むAIがいるなら私が句を詠む意義なんてない」とはならない。結局は、自分が表現したいものを表現し、自分が感じたように選句をし、自分なりに句会や結社での人のつながりを楽しむ。これが俳句の楽しさだし、俳句をやる意義だと思う。

 私は、台湾華語の巻き舌の発音ができない。そんな私が台湾華語の勉強を始めたばかりのころの、ChatGPTとのやり取りを紹介したい。

(私の入力)
巻舌ができず蟋蟀なる訛り この俳句の意味を台湾の國語で説明してください。ただし、季語の説明も含めてください。

(ChatGPTの返事)
「巻舌ができず蟋蟀なる訛り」這句俳句描述的是說話者無法捲舌發音,因而發出類似蟋蟀鳴叫的口音。這種口音被比喻成蟋蟀的叫聲,帶有些許幽默感,讓人聯想到因語言發音困難而產生的趣味情景。
其中,「蟋蟀」在日語俳句中是一個秋季的季語,表示秋天的到來。日本的俳句通常會使用季語來表達特定季節的氛圍。在這裡,「蟋蟀」作為秋季的象徵,既反映了自然景象,也巧妙地與「訛り」(口音)聯繫在一起,讓整句詩既描寫了發音的困難,又融入了秋天的寧靜與自然。

 台湾華語のわからない方は、この部分をコピー&ペーストして、ご自身でChatGPTに翻訳を頼んでみていただきたい。驚くほど自然な日本語訳が返ってくるだろう。

島崎寛永


【執筆者プロフィール】
島崎寛永(しまざき・ひろなが)
2002(平成14)年、北海道札幌市に生まれる。2017(平成29)年、俳句を始める。2019(令和元)年、雪華に入会。2020(令和2)年、大学進学のため茨城県へ。ポプラに入会。2025(令和7)年、雪華同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月26日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火


【2025年1月の火曜日☆野城知里のバックナンバー】
>>〔1〕マルシェに売る鹿の腿肉罠猟師 田中槐
>>〔2〕凩のいづこガラスの割るる音 梶井基次郎
>>〔3〕小鼓の血にそまり行く寒稽古 武原はん女
>>〔4〕水涸れて腫れるやうなる鳥の足 金光舞

【2025年1月の水曜日☆加藤柊介のバックナンバー】
>>〔5〕降る雪や昭和は虚子となりにけり 高屋窓秋
>>〔6〕朝の氷が夕べの氷老太陽 西東三鬼
>>〔7〕雪で富士か不二にて雪か不尽の雪 上島鬼貫
>>〔8〕冬日宙少女鼓隊に母となる日 石田波郷
>>〔9〕をちこちに夜紙漉とて灯るのみ 阿波野青畝

【2025年1月の木曜日☆木内縉太のバックナンバー】
>>〔5〕達筆の年賀の友の場所知らず 渥美清
>>〔6〕をりをりはこがらしふかき庵かな 日夏耿之介
>>〔7〕たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋 小津安二郎
>>〔8〕ふた葉三葉去歳を名残の柳かな 北村透谷
>>〔9〕千駄木に降り積む雪や炭はぜる 車谷長吉

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