夏の月あの貧乏人どうしてるかな
平田修
(『曼陀羅』1996年ごろ)
なかなかひどい句である。どこかで一瞬だけ会った名前もわからない誰かのことを指しているのならそう呼ぶしかないのだろうけど、それにしても人を貧乏人呼ばわりである。貧乏以外の情報が印象として一切残らないほどの猛烈な貧乏っぷりだったのだろうか。平田自身もあまり金銭的に余裕があったという様子には見えないので、その平田をして貧乏人と言わしめる人の暮らしぶりを思えばそれは確かに心配である。お金があることは幸せに直結しないが、お金がないことは不幸に直結する、というどこかで見た言葉を思い出した。
仕事柄、富裕層の人との付き合いが多い。桁を間違えているのではないかとこちらが心配してしまうほどの金銭感覚にはクラクラすることもあるが、それでも一人の人間である。話してみれば彼らだって僕らと同じような問題を抱えているし、コンビニスイーツの話で盛り上がれることだってある。お金は必要だが、重要ではない。
問題は貧乏/金持ちといった属性そのものではなく、その属性を上回るその人の特徴が思い出せないということである。例えばすごく貧乏な人でもギターがすごく上手かったとしたら、その人の第一印象は「ギターが上手い人」になるからである。だから自分を創り上げる何かを磨いていこう!という話で終わればよいのだが、この問題はもう一つの問題を内包している。それは、貧乏人にはそのような個性を磨くほどの余裕がないという宿命だ。お金がないときには生活という最重要課題と向き合うことに費やす時間が必然的に増えることになり、それは他の時間を圧迫する。金持ちの人を単に「金持ち」と呼称することが少ないのは、生活という課題をクリアした彼らの可処分時間が多いゆえである。残酷なことを言えば、実家が太いだけのどうしようもない奴ですら、「◯◯の二代目」というアイデンティティが優先されるものだ(多くの場合、本人はその呼称を嫌がるだろうが)。
お金の話には終わりがない。そして一般に、あまり人と面と向かって話すことでもないとされている。仮にお互いの年収が開示されてしまい、そしてその数値に開きがあった場合、会話に不必要な勾配が生まれてしまうだろう。生活という課題の困難さはさまざまな形で僕らにふりかかる。そのいっぽうで平等に僕たちや住む街を照らす月の光が、何かの救いであるように思えてならない。
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体の 裏側の雨 富沢赤黄男