鳥を見るただそれだけの超曜日
川合大祐
川合大祐『スロー・リバー』についてはあちこちに書いていていて、同じことをここでもまた語ってしまうのですが、あの句集のどこがすごかったかというと、本当になんの役にも立たないところです。そしてもうひとつ、破天荒な作品ばかりであるにもかかわらず、反権威の威を借りたナルシシズムも功名心も感じられないところ。その自意識への執着のなさは奇蹟的なほどで、読んでいてすがすがしいったらありゃしないのでした。
ところで今、これが「ない」あれが「ない」という物言いをしましたが、逆に彼の川柳に「ある」のはなにかというと、生き抜こうとする態度であると私は思ったんです。たんに生き抜くのではなく、死と刺し違えてでも生き抜こう…といった矛盾すら漂うくらいの態度。読んでいると胸にしみるので、川柳スープレックスに【生き抜く川柳 ⌘ 川合大祐『スロー・リバー』を読む】と題し、各回ひとことずつ五段論法で句評を書いたこともありました。その際、入集しなかった句についても触れたので、川合ファンの方にはほんのちょっとお得かもしれません。こちらです↓↓↓
第1回 砂金をさがして
http://senryusuplex.seesaa.net/article/444832701.html
第2回 フュージョン感覚
http://senryusuplex.seesaa.net/article/444862111.html
第3回 わたしは椅子になりたい
http://senryusuplex.seesaa.net/article/444890929.html
第4回 貧しさ、その愛と弔い
http://senryusuplex.seesaa.net/article/444919505.html
第5回 生きよという命令
http://senryusuplex.seesaa.net/article/444946859.html
で、ですね、このたび刊行された『リバー・ワールド』なんですけど、わたしはたったいま読み終わったばかりでして、やはり生き抜くための川柳がごっつんごっつんと頭をぶっつけあいながら並んでいたものの、句数がぐっと増えたせいか、見た目がおだやかになった印象を受けました。作品の読み味については前回同様、冷戦構造華やかなりし(?)ころのSF小説がベースで、時々そこにフレンドリーな「泣き」がトッピングされる感じです。
鳥を見るただそれだけの超曜日 川合大祐
「見る」ことの魔法性を接頭辞「超」でまっすぐに受けつつも、そこに取り合わせたのが「曜日」。既知の概念に陥ることを避けながらも、「曜日」という語のもつ強烈な日常性のせいで、句中の時空がダイナミックにひんまがっています。SF小説的な洞察が強く働いたこの作者らしい句です。以下、いくつか気ままに引用します。
釘と螺子心理描写をきわめると
川柳の面目躍如。どの角度から見ても佳句です。
しりとりでないかのように神と言う
「神」は人間がつくりだした語の中でも最強兵器で、なにを取り合わせてもロマンチックになってしまい、それを避けようとすると、その心性がまた自意識のロマンを産み…といった具合で使用がめっぽう難しい。この句はウルティマ性の回避の仕方に川柳ならではの含蓄があって、なおかつ意味もデリケート。
無 ホカホカねえさん以外すべて虚無
通訳不可能な無意味。「ホカホカねえさん」だけでもすごいのに、「以外」の部分にさらに苛烈な観察力を感じます。
精神をひょひょひょひょと呼ぶ作曲家
マッド・コンポーザー。
貝殻が在る!在る!在る!と妻泣いて
在ったんだ! よかった!(もらい泣き)。
*
参考
これがSFの花道だ
https://yakeiozu.blogspot.com/2016/08/sf_26.html
(小津夜景)
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【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】