父の日の父に甘えに来たらしき
後藤比奈夫
梅雨入と入れ替わるように、緊急事態宣言が解除される予定の東京。せっかくの緊急事態宣言最後の週末、何しようかなあなんていう、倒錯した金曜ですよ。
さまざまの措置も、これから効果測定されると思いますが(淡い期待)、そこに梅雨入と夏至がどんなふうに関わるのかは…だれも測定してくれないんだろうなあ。大事な影響だと思うんですけどね。
例えば、普段はIPA(インディアンペールエール)という、今、勢いのある北アメリカ西海岸がその製造の中心地であるビールを飲んでいる私ですが、梅雨に入ると英国なビールが飲みたくなったり、梅雨が明けると中南米のビールが飲みたくなったり。味覚も変わるし、見たいミステリーも変わるし、行動様式だって変わるということ。ないんですかね、その影響。
そんな、いってみれば雨期に入ったり、日が短くなるほうへ転じたりという、重大な季節の変わり目にポツンと設けられた「父の日」。母の日の翌月にくっつけてみましたというような存在であるにも関わらず、俳句には案外その句が多い。何ともいえない位置づけに、かえって味わいを見出すのかもしれない。
中でも「父の日の父…」という書き出しは、そのリズムの良さからも人気だ。さまざまの父の日の句の中で、父はさまざまの姿を見せる。
父の日の父に甘えに来たらしき
しかし、この句の父はこれと言って行動しない。動きを見せるのは子どもだ。そして、句は父の視点で進む。
曲がりなりにも「父に感謝する」べき日に、父に甘えにやってきた子ども。父子の年齢によって、ひとつの家に住む子が、珍しく近づいてきたのかもしれないし、遠く住んでいてすでに大人になった子供が、あるいは、その子どもまで連れて訪ねてきたとも読める。ひとつの家族の様子でありながら、読む人それぞれの景色を呼び起こすのは、全く特別ではない父の日の父の姿を描いたことによるものだろう。つまり、何もせず、ただあたりを眺めているということだ。
その中にも、いくらかの発見はある。やってきた子どもがどうも自分に甘えようとしていることをその目は見抜いている。「来たらしき」とやや距離を置きながら、その眼には含み笑いが感じられる。
そう、甘えられることも、父の喜びなのだろう。俳句において難しい、「愛情を描く」ということを、こともなく重ねてきた比奈夫翁の真骨頂の句と思う。生涯十五の句集のうち、九十六歳での第十四句集より。
それでは、みなさん、夏至の前の永い夕べを。あ、父の日も。
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
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