毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第53回】
宇宙とサランラップ
――鈴木晴香『サーカスは一度きり』(左右社、2026)を読む
服部崇(歌人)
鈴木晴香の第三歌集と言ってよいのだろうか『サーカスは一度きり』(左右社、2026)を読んだ。壮大な宇宙を壮大なスケールで歌い上げた歌集という印象だ。そこには恋人がいるのかいないのか。雪が何度も降っていた。人工的な構造物のような気もするし、ピュアな水滴がこぼれているような気もする。なんとも詩的な気分にさせられる歌集である。
以下、十首選。
サイコロはいつも空から降ってきたようにこの世の机にあった 6
自分で選んだと思っている人生も、実はどこかから与えられた条件の上に始まっていたのではないか。そんな感覚が生まれる。
数式のなかにあなたの名があって、変ね、どこかで間違っている 29
愛する人と出会ったことによって、世界の秩序そのものが信用できなくなる。どこで間違えたのかはわからない。
恋人になってしまえば終末に向かうすごろく、六ばかり出る 30
一度始まってしまえば戻れない。しかもどんどん進んでしまう。恋愛は終末へと向かうゲームとして描かれる。
気のせいで大きく見えてしまう月 気のせいで流れてしまう星 37
月が大きく見える。星が流れる。どちらも夜空を見上げているときに起こりうる現象である。ここで揺らいでいるのは、世界そのものというより、世界を見ている主体の確かさだ。
恋人にサランラップをかけてみるもうほとんどだめになっている 100
存在するものはいつか失われる。保存という行為は、手遅れになりかけたものを前にした、ほとんど無意味な試みに見えてくる。
死ぬ前に思い出さないシーンだと思えば君にもう一度する 104
記憶に残るかどうかという尺度から解放されることで、行為はもう一度、自由になる。記憶に残らないかもしれない行為にこそもう一度行う価値がある。
葡萄から葡萄もがれてゆくときのさよならはお互いに言うんだ 111
葡萄の実と房が対等な位置を占めている。離れていく者と残される者との関係を対等にしようとする意思が感じられる。
あたらしい鍵に前から使ってたキーホルダーを繋いで真夏 137
新しいものを古いものにつなぎ直す。それだけだ。
ライオンが帰るのは檻 振り返り振り返るとき人の目を見る 140
自由と拘束。振り返り、人の目を見るライオン。その視線が切ない。
魂がこの世を出てゆくときにするひとつのあくび、遊び疲れて 145
遊び疲れて、あくびをする。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0

好きと言ったって
好きってことにはならないことを
短歌とかそういうものが教えてくれるーー今泉力哉(映画監督)
一輪車、空中ブランコ、玉乗り、火の輪くぐり、綱渡り……私たちの生はサーカスのように、危険と隣り合わせの美しさをはらんでいる。『夜にあやまってくれ』『心がめあて』につづく新作252首を収録した、待望の第3歌集。
【書評掲載続々!】
「京都新聞」(2026/10/10)で歌人の真中朋久さんがご紹介
毎日新聞京都版(2026/9/22)、毎日新聞大阪版(2026/10/10)でご紹介
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【52】現代語訳の試みについて――永井祐訳・正岡子規『歌よみに与ふる書』(左右社、2025)
【51】山椒魚──馬場あき子『アスパラの芽立ちするころ』を読む──
【50】喩・声・幻影としての昆虫と動物──梶山都の第一歌集『梅雨の一欠片』(典々堂、2026)を読む──
【49】人間は主体的に生きているのか
【48】歌会と経済学
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
