にはとりのかたちに春の日のひかり
西原天気
鶏の句といえば、春の日和ののどかさと解放感がただよう「永き日のにはとり柵を越えにけり 芝不器男」が有名であるが、掲句に登場するのは、鶏のみ。絵画でいえばカンバスいっぱいに、カメラでいえばフレームいっぱいに、春の日の中に輝く鶏が17字いっぱいに描き出されている。
掲句を一読して、筆者の心のスクリーンに現れた鶏の色は白。調べてみるとその鶏の名はは、白色レグホーンだという。イタリアで生まれ、アメリカで改良された品種で、白い殻の卵を産む鶏として有名。世界的に最も普及していて、日本でも産卵の鶏のうち約80%がこの種類だという。そういえば故郷でも近くの農家で放し飼いにされていたり、小学校で飼育されていた。その鶏が心の中で春の光を体中に余すことなく浴びては解き放ち、まばゆいほどだ。
寒い冬が過ぎて、春の陽光を喜ぶ放し飼いの鶏。掲句にただようのんびりした気分は、夏や秋の日差し感とは違い、まさに〈春の日のひかり〉。
表記の多くがひらがながであり、それらの曲線がにわとりの体の曲線やそのやわらかさを伝える一方で、〈春の日〉にある漢字表記が春の太陽とその光を伝えるアクセントになっているのも粋だ。声に出して読んでみても、A音の明るさや、句跨りのアクセントが生む〈にはとりのかたちに/はるのひのひかり〉のリズムが心地よい。鶏と春の日の光が一句のすみずみまで満ちるそののびやかさは、野外にですくすく育つ鶏の生き生きとした姿にも通じている。
さらに、掲句の鶏は、絵画や写真とは違って動くことだってできる。鶏の動作はなく〈かたち〉とあることで、鶏の姿かたちを伝えるのはもちろんのこと、読者の心のスクリーンに現れる鶏は、行動を制限されず、読者の想像力いかんで、光を放ちながら自由にどこへでもいけるのだ。
さて、この日曜日、4月4日は復活祭(イースター)、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活した奇跡を記念する、キリスト教において最も重要な祭だ。この祭に欠かせないのが、染め卵またはイースターエッグ。鶏が卵の殻を破ってこの世に誕生するように、イエス・キリストも、死という殻を破ってよみがえった、という喩えから、卵は生命の始まりや復活の象徴とされている。
殻を破って生まれた鶏は卵を産み、また卵から生まれた鶏は卵を産み。。。生命は永遠に循環する。
春の日々、鶏は生命のかたちに輝いている。
(月野ぽぽな)
【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino
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