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吸呑の中の新茶の色なりし 梅田津【季語=新茶(夏)】


吸呑の中の新茶の色なりし

梅田津


新茶を買ってきた。ボジョレー・ヌーヴォーは特段心が動かないけれど、五月に入るとそろそろ新茶が出回るなあ、となんとなくそわそわする。お茶に大した拘りもないし、淹れ方も雑なもの。それでも、新茶ならではの淡い黄緑色や清らかな風味は私にとっての夏を迎える儀式のようなものなのだ。

さて、掲句の新茶は茶碗でも湯呑でもなく吸呑に注がれている。つまりこのお茶を飲む人は病に臥している。吸呑から飲まなくてはならないのは切ないが、初物の喜びを分かち合いたいのが家族の思いだろう。温度にも気を配り丁寧に淹れられた新茶の色は吸呑越しにも病人の目には鮮やかに映ったに違いない。

然しながら、快癒を待ち望む句として解釈するのはどうも少し的が外れているようにも思う。新茶から容易く連想されるめでたさや健やかさに病のイメージを投げ込むことにより、季語を一旦屈折させたところが特徴なのではないか。同じ句集にある「毛虫焼く就職情報誌が火種」、「学歴を問はれてげんのしようこかな」などの俳句を考えればそんな見方もしたくなる。

『猫舌』は私が俳句を始めて間もない頃に出会った句集の中でも忘れがたい一冊だ。今回久しぶりに読み返したら、当時は通り過ぎていた句の数々が目に留まった。掲句もそう。俳句を見る目が肥えて来たのか、単に年を取ったのか。それについては棚上げしておく。

『猫舌』牧羊社 1993年より)

太田うさぎ


【太田うさぎのバックナンバー】
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>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



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