春雷や刻来り去り遠ざかり
星野立子
どうして春雷というのは、いつも遠くに聞こえるのだろう。手の届かないところで鳴り、なにかをうながすようにして遠ざかる。
春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子
〈刻来り去り遠ざかり〉の凛とした諦念に、誰かとの別れを暗示しているのではないかといった思いがうかぶ。調べてみると、こちらの一句鑑賞では「立子は、干した物を取り込みに出た父の家の濡縁で、春雷を聞いた。ぽつりぽつり降りだした雨はどっと大雨になり、春雷が又鳴り渡った。やがて雨が止み、日も射し始めた。この二日後、虚子は眠るように大往生した」とあり、父・高浜虚子との別れを予感する句として読まれていた。
万人に来り去る刻限よりも、ずっとはるかなる時間。迷える人間には届かない、大いなる意思決定としての轟。春雷が担っているのはそうした世界の存在である。立子の句と同じ形をした歌として、俵万智『かぜのてのひら』から次の歌を引く。
ひきとめる言葉を持たぬ風の中うながすような春雷を聞く 俵万智
(小津夜景)
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【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】