愉快な彼巡査となつて帰省せり
千原草之
喉元過ぎれば忘れるのは「熱さ」ですが、「暑さ」もまた。梅雨明け数週間で、暑さに慣れてきました。そして、感染者数にも、オリンピックにも、メダルにも。そんな、順応性ばっちりな金曜ですよ。
一打目を打った。大リーグでもソフトボールでもなく、ワクチンの話。ふくらはぎが痛いのは、副反応…ではなくて、久しぶりに電車に乗って出かけて、駅の階段を上ったり下りたり、電車の揺れに耐えたりしたからだろうか。それとも、何かが起こっているのだろうか。
健康でいなさいというのは、健康そのもののためでもあるけど、体が不調をきたした時に異常を感じられるためにも大事なのだろう。元々、ちょっと動くだけで筋肉痛になる体では、それがワクチンによるものかどうか、よくわからない。
一方で、ちょっと変な格好で書き物(というか打ち物ですが。ワクチンではなくキーボードですが)をしただけで、肩こりで頭痛がしたり、腕が痺れたりする私には、恐らくワクチンのためと思われる腕の重さは、今のところあまり普段の不快さと変わりがない。体の不快さにも、順応性が発揮されている。
どっちがいいのかは、よくわからない。わからないといえば、接種日前夜からの無気力感は、私だけのものだろうか、それともある程度一般性のあるものなんだろうか。
何が言いたいかというと、前日に書いておけばよかったのに、やる気が出なくて、接種日当日の夜にこれを書いているために、あんまり調子がよくないということ。
というわけで、柔軟性とスタミナに加えて順応性をも兼ね備えた、スタメン・千原草之の句が続きます。
愉快な彼巡査となつて帰省せり
健康な人と、不健康な人と、どちらが人生を健やかに暮らしているかという場合の「健やか」のように、「愉快」もまた、基準のわかりにくい指標のひとつ。他人にとって愉快なのか、彼自身がおのずから愉快なのか、だいたい、「彼は愉快だね」にはあまり違和感がないけれど、「愉快な彼」というのも妙な言い方だ。でも、これ以上、これを掘り下げても仕方がない。一度置いておく。
その彼が、巡査となって帰省した。巡査、「Ditective Constable」、通称「DC」。ミステリーのセリフでは「DC…?」」と聞かれた主人公の部下が、「(No,)DS〇〇」と、名乗る。「DS」は「Ditective Sergeant」、巡査のひとつ上の部長刑事だ。もう、巡査じゃないよと、言っているセリフ。
この句を取り上げたいと思ったのは、去年の秋、「クッキーと林檎が好きでデザイナー」の句を探す中で目に留まったもの。思えば、そこからの約9か月で、私はずいぶん英国の警察の役職に詳しくなった。これを始めて読んだ時には「DCだ!」って思わなかったはずだ。日本の警察の階級を実は知らないけれど、英国では、最初に与えられる肩書だ。昭和29年、この年の7月に現行法である新警察法が施行されるが、その改正案の提出・議決に当たっては、国会での乱闘事件なども起きていた。
そんな中、「愉快」という人間性についての印象を持っていた人物が、職業上の名を持って帰省する。帰省先の側の視点で見れば、タイムスリップめく「帰省」の一面だと言える。変化して戻ってきた帰省者と、それを迎える人々。「愉快」という句の始まりによって、おおらかな印象を保ちながら、ときに軋轢さえ生み出す衝撃を浮かび上がらせる。
なお、英国ミステリーでは、「帰省」(夏のバカンスシーズンのこともあるけれど、クリスマスシーズンのことも多い)による「家族の再集合」は、過去や家族の本質をあぶり出し、そして、往々にして殺人が起こる。探偵たちの出番である。
『垂水』(1983年)
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】