ハイクノミカタ

蟲鳥のくるしき春を不爲 高橋睦郎【季語=春(春)】


蟲鳥のくるしき春を不爲

高橋睦郎


「不爲」には「なにもせず」のルビ。

人間にとっては駘蕩として眠たくなる春であっても、虫や鳥は交り孕み産み増える季節が春である。その春の生は目が醒めるような苦痛を伴うのであろうと想像される。冬に比べ、春は生物も植物も、ともすれば猥雑なほどに生を謳歌する季節とも言えるが、その生は苦しみと裏表になっているのかもしれない。

欲求と欲望の区別は、動物と人間の比較によってよく語られることがある。その中でも「性」は特別な語られ方がされやすい。「本能にしたがって生きる」という信念を掲げて自由奔放を標榜する人物がたまにいるけれど、それではなんで人間は春に集中して種の繁栄を行おうとしないのだろうかとも思うし、さらにいえば、特定の季節に集中しないで年がら年中繁殖行為を、と考えてみると、人間の本能はぶっ壊れているのかもしれないと思う。

この句は句集『賚』に入っている。同頁には「はるうれひめがねのつるのおよそ百」があり、どちらも『俳句という遊び』(小林恭二・1991)で発表された句である。『俳句という遊び』では「百千鳥雌蕊雄蕊を囃すなり 飯田龍太」や「雉子鳴くつめたき富士と思ふかな 岸本尚毅」などの佳句も出されており、つくづくいい句会だと思う。

「蟲鳥」の句は入集にあたり、多少の推敲がされている。「めがね」の句には「アウシュヴィッツ」という前書きが付されている。言葉の使い方から「わが裸草木虫魚幽くあり 藤田湘子」も連想される句だ。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



安里琉太のバックナンバー】

>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り    高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に      佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み     森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ  「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
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>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く  八田木枯
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>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出   鈴木六林男
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>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中    廣瀬直人
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>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり  永田耕衣

>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて  清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ  関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて  金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ  八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅      森澄雄


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