【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#42】
愛媛新聞の連載エッセイ「四季録」で学んだ実感
青木亮人(愛媛大学教授)
本連載37回で触れた愛媛新聞の連載エッセイ「四季録」は、個人的に思わぬところで大きな意義を持つことになった。
37回の折にも記したように「四季録」は週一回の連載で、テーマは自由だったが、個人的な身辺雑記を記しても始まらないため、愛媛各地ゆかりの文学や文化について毎回紹介することにした。
2013年4月から始まった「四季録」を毎週コツコツと発表していると、予想しない出来事に驚くことがあった。連載中に複数の知り合いが教えてくれたのだが、松山の商店街や書店、喫茶店、百貨店やスーパー等で多くの方が「新聞の「四季録」が面白い」と話していたというのだ。
例えば、商店街で信号待ちの年配の方が二人で話しており、次のようなやりとりだったらしい。「この前の「四季録」に懐かしい話が載ってたんよ。松山グランド劇場の話。フィルムが途中で切れた話も載っていて、うちらの時もそうだったなあ、と映画館を久しぶりに思い出したんよ」「え、グランド劇場。よく観に行ったなあ。その話、いつ載っていたん?」云々。
これは2013年5月の「松山グランド劇場」という回の話題で、松山グランド劇場は街の中心に位置する大街道商店街近くにあった映画館だ。経営の再建王といわれた坪内寿夫が最初に手がけて成功させた映画館であり、多くの松山人が訪れたことで知られている。
無論、「四季録」執筆時にはすでに更地で跡形もなかったため、映画館の向かい側で昭和の当時から営業していた酒屋さんのご主人に往時の話をうかがい、その話も交えながら昭和戦後期の映画館の賑わいを追体験してもらおうとまとめたのである。
他にも「四季録」で紹介した様々な内容が書店や喫茶店等で話題になっていたらしく、複数の知り合いが偶然耳にしたといって教えてくれたのだった。
次第に私も感想を直接うかがうようになり、それもマニアックな内容の回が多いことに驚いた。
例えば、大洲市に「ポコペン横丁」という昭和戦後の懐かしい品々を展示した館があるが、往年のファッションブランドVANの貴重なコレクションも展示されており、それを紹介すると年配の方が「あれは懐かしかった」と感想を述べて下さったことがある。
あるいは、種田山頭火も食した「労研饅頭」(戦前から店を構える老舗)を紹介した際には、労研饅頭の方が「山頭火がうちの饅頭を食していたというのは初めて知りました」と懇切丁寧にお礼を述べて下さったり、香川県寄りの川之江という町に昭和レトロのうどん自販機が現役で稼働していることを紹介すると、わざわざ食べに行った(!)という方がいらっしゃった。
こういった読者の方々の反響は想像もしていなかったので驚くとともに、なるほど、と感じるものがあった。
それはある程度の年齢にさしかかった方々にとって、かつて身近にあった暮らしの出来事を「文化」として紹介されることが喜ばしく、懐かしいのだ、という実感である。
現在進行形の新しい出来事や最先端の問題を重要な事象と取り上げつつ、過ぎ去ったもの、流行が終わったものを昔の話として安易に片付けるのではなく、かつて当たり前の存在だった映画や食事、町並みやお店のことなどを丁寧に振り返りつつ、あっけなく忘れ去られ、埋もれた生活の数々こそが実は「文化」だったと紹介する内容に、特に年配の方々は感じるものがあるようだった。
ゆかりの偉人や伝統、また文化を無条件に権威として仰ぎ、学ぶべき存在として振り返るのではなく、私たちが過ごしてきた暮らしの断片とともにゆかりの詩歌や文化、また偉人の生涯や逸話を身近な息吹として再発見し、味わうことが何を意味するか、肌で実感したのである。
「四季録」連載で図らずも得た実感は、後に俳句史や海外の旧植民地俳句を調べる時の基本的な認識となり、そして俳句という文化を捉える上で大きな指針となった。
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なお、上記で紹介した2013年の愛媛新聞掲載「四季録 松山グランド劇場」は下記のnote及び拙ブログで公開中。また、大幅に増補した版を拙著『愛媛 文学の面影』中予編(創風社出版、2022)に収録した。
・note:https://note.com/kv385_haffner/n/nce1dcbd9e260
・『愛媛 文学の面影』中予編:https://amzn.to/3PKUAsQ
【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。
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