草にむせ返る傷の傷痛む 平田修


草にむせ返る傷の傷痛む
平田修
(「明日出よう」(『回覧誌』4号、1986年))

先日、人生で初めて救急車を呼んだ。あまりの腹痛に脂汗が止まらず、顎から滴る汗で床に水溜りができるほどであった。救急車が到着して受け入れ先の病院を探してもらい、最寄りの慈恵医大病院に到着するまでの時間は、実際には15分程度だったのだろうが、無限に等しいものに感じられた。到着してからも下血が止まらずしばらくのたうち回り、少し落ち着いたタイミングで血液検査とCTスキャンをしてもらった。

結果は腸炎で、腸の後半部に大きな炎症が出来ていた。ナマモノを食べた記憶もなくその場で原因を突き止めることは出来なかったが、後になって振り返ると土曜日に田んぼの脇で食べた桑の実がおそらくの原因だろうということに思い至った。桑の実は熟してから傷むまでが速く、さらに虫が付着していることも多いためにあまり野生の生食は推奨されていないのだという。実際ネットで調べたところ、ちょうど1週間前に神奈川で野生の桑の実を食べた小学生5人が救急搬送されたというニュースが出てきた。

面白かったのは、腸の中で炎症が出来ている箇所が明確にわかるほどピンポイントで痛みが訪れたことだ。お腹全体が痛いというよりは、下腹部の左側をすりこぎで押し込まれているような点状の痛みであった。点の痛みが自らの体内にある腸という部位の形状を浮き彫りにし、逆説的に身体全体の構造を思わせるという稀有な経験だった。

草にむせ返る傷の傷痛む  平田修

初読ではよくわからなかったが、掲句の「傷の傷」という表現が今ではよくわかる。例えば膝の擦り傷のような面状の傷の中にも強弱が存在し、それは関節の動きによって痛みのグラデーションを変化させる。我々が痛みによって傷の輪郭を知覚するとき、傷のない部分の感覚もまた鋭敏になる。痛みは身体が皮膚という最大の臓器によってたしかに外界と接続していることの証左であり、有り体に言えばまさしく「生きている証拠」なのである。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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