毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第51回】
山椒魚
──馬場あき子『アスパラの芽立ちするころ』を読む──
服部崇(歌人)
「短歌往来」2026年9月号では、特集「馬場あき子の現在」が予定されている。執筆者各人がどのような馬場あき子論を展開しているのか、手に取って読むのを楽しみにしている。
馬場あき子の最新歌集『アスパラの芽立ちするころ』(角川書店、2026年)は、全歌集刊行後の初の歌集となる。帯には「虫や小さきもののいのちに向ける眼差しがよびおこす多彩な詩情」と銘打たれている。集中では「虫や小さきもののいのち」がさまざまに詠まれているのだが、本稿では、そのなかから山椒魚を詠んだ三首を取り上げたい。
山椒魚は両生類である。水辺の暗がりに棲み、普段はその姿を容易には捉えられない。
・ふにやららとするものありて山椒魚いま甦るらん初夏のいのちよ
「ふにやららとするもの」は、山椒魚の卵だと思われる。卵のなかの小さな生命を感じ取り、それが「初夏のいのち」そのものへと広がってゆく歌である。
・山椒魚棲むといふ瀬の横穴に指さし入れてチクと嚙まれぬ
山椒魚が棲むという横穴に指を入れ、実際に「チク」と嚙まれる。小さき生命を一方的に見つめるのではなく、こちらの身体に反応を返してくる存在として山椒魚が捉えられている。
・山椒魚幼きならし水暗き瀬穴のぞけばゆらゆらとせり
暗い瀬穴を覗き込むと、幼い山椒魚がいる。「幼きならし」という推量にも、目の前の小さな生命を確かめようとするまなざしと、その頼りなげな姿への愛着が感じられる。
三首を読むと、山椒魚はただ「小さきもの」として眺められているのではない。卵のなかに生命の気配を感じ、瀬の穴に指を入れて「チク」と嚙まれ、暗い穴を覗いて幼い姿を見つける。
「小さきもの」を小さく見るのではなく、その生命そのものに近づいてゆく。山椒魚を詠んだ三首からは、そんな馬場あき子の眼差しが感じられる。
2026年7月8日に開催された及川隆彦を偲ぶ会で、馬場あき子のお元気なお姿をお見かけした。その折の印象がまだ鮮やかなこともあって、『アスパラの芽立ちするころ』の山椒魚の歌を読むと、生命を見つめる歌人の眼差しに、あらためて心を惹かれる。


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【50】喩・声・幻影としての昆虫と動物──梶山都の第一歌集『梅雨の一欠片』(典々堂、2026)を読む──
【49】人間は主体的に生きているのか
【48】歌会と経済学
【47】前川佐美雄の革新について
【46】与謝野晶子「宇治十帖」の短歌における推敲
【45】鳥と自由について──上川涼子『水と自由』(現代短歌社、2025)──
【44】坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
