漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に
関根誠子
つい先頃まで「春は名のみの」などとメールに認めていたものが、東京地方ときたらあっという間に春めいてきた。パンジー、クリスマスローズなどが家々の庭先を彩り、公園では菜の花や雪柳が風に戯れ、下を向けばたんぽぽ、はこべら、イヌフグリに姫踊子草、見上げれば辛夷や木蓮が空を狭しと咲き誇っている。このところの暖かさで桜の開花も例年より早かったらしい。我が家の海棠も咲き始めた。今の時期の百花繚乱っぷりというか生命のエネルギーには毎年圧倒される。コロナ禍二年目を迎えた今年の春は一層その思いが強い。
それはさておき、これだけ花が満ちてくると蝶の登場である。きのう、植込みの上を飛んでいく蝶を見た。初蝶という思い込みのせいかもしれないけれど、羽搏きがまだちょっと覚束ないようだった。
漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に
バイクの郵便配達員が一般的な今の世の中では、自転車の郵便配達夫は十分ノスタルジックでおはなしめいた存在だから蝶への化身もすんなりと肯けてしまう。彼の運ぶ便りを首を長くして待っている人々のために毎日力強くペダルを漕ぐポストマン。暖かな春の道をゆく自転車と郵袋を提げた背中にはいつしか羽が生え、浮き上がり、やがて大空を自在に飛び回るのだろう。そして花から花へ、小さな手紙を受け取っては渡し続けるのだ。
そんなファンタジーに身を浸すのもいいけれど、日々郵便物を届けてくれる配達員たちの労働への感謝がこの句の底にはあるのかもしれない。軽く汗をかきそうな「漕いで漕いで」のリフレインにふとそんなことを思った。
(太田うさぎ)
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【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】