木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ
陽美保子
季語は「木の根明く」。木の根元から雪が融け始めることだ。今年は例年に比べて雪解けが早いのだが、まだわが家の周辺には雪がたくさんあり、この季語のような光景がどこでも見られる。
この歳時記の解説には「雪国で、本格的な雪解の前に山や森の木の根元から雪が解け始めること」とあり、これはその通りなのだが、さらにそれに続けて、「芽吹きを控えた木が水を吸い上げ活動を始めるためという」とある。
実はこれは事実とは違うらしい。
朝倉書店発行の「新装版 雪と氷の事典」に北大名誉教授の小島賢治氏が書いているところによれば、生きている木の隣に、同じ種類の枯木を雪に差しておくと、両方とも同じように周りの雪が解けるという。根明の原因は主として、黒っぽい木では日光を浴びて木の表面の温度が高くなることであり、また白い木では日光を反射させて周りの雪を解かすことであるそうだ。また風の強い日などには、木の根元の周りに風が渦を巻き、根明の窪みを抉るように解かすことで、さらに根明を促進するとのこと。
木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ
酪農場では、仔牛は一頭ずつ区切られた「ペン」と呼ばれるところで飼育されることが多い。一頭ずつにするのは、感染症の蔓延を防ぐためだ。仔牛はまだ皮下脂肪が少ないために寒さには弱く、ウィルス性の下痢などにかかるとかんたんに衰弱してしまう。
おそらく掲句の「灯」は明かりのためではなく、遠赤外線によって仔牛を温めるためのものだろう。仔牛のペンの上に、一頭にひとつ吊してあるのだ。これから大きくなって農場の主役になろうとしている仔牛。その行く末に対する期待が、春を待つ木々の暖かさに通じている。
「角川俳句歳時記・第五版」所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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