他人とは自分のひとり残る雪
杉浦圭祐
当地では雪解が進み、だんだんと「残雪」という感じになってきた。雪の中に含まれていたさまざまな異物が表面にあらわれ、少しずつ純色の冬が混色の春へと変化してゆく。もはや純粋な白などどこにもない。
純粋なものは、つねに周りからの混じろうとする圧力に晒されている。その圧力に抗して純度を高く保つのは難しいことだ。
話をここで俳句にもっていけば、句座などで他人の評価を受けるのは大切なことだが、それにとらわれすぎては自分が何なのかわからなくなってしまう。その間でつねに揺れ動くのが俳句の宿命かもしれない。
他人とは自分のひとり残る雪
この句はさまざまな読み方が可能だろう。私は、おおぜいが集まった場から人々が去ったあと、自分がひとりだけそこに残ったという景を想像した。「おおぜい」は、自分と他人との意識が混然となった場だ。そこから他人が退場することで自分の意識が立ち上がる。そして自分を意識することで、他人というものも劃然と区別される。
掲句は、その自分というのは残雪のようなものだということか。なまあたたかい春に脅かされる残雪。しかし、いずれは消えてしまうという諦念だけではないものを、この容易には解きほぐせない句の構成から感じるのである。
「異地」(2021年)所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
【鈴木牛後のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】