ハイクノミカタ

早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり 鎌田恭輔【季語=早乙女(夏)】


早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり

鎌田恭輔

拙句集『王国の名』の序文で、山口昭男主宰が「人物を描くということに興味を持ち出してきたことは、次のステップとしてはよい方向だった。」と書いてくださっている。「秋草」ではものをしっかりと見ること、人物を豊かに描くことの大切さを教わった。

「早乙女」は、字面や音の響きもよく、人物そのものを表しているので、好んで使っている季語のひとつである。『王国の名』には、〈早乙女と夜の話をしてをりぬ〉〈早乙女のかたき眼のままでゐし〉の二句を収めている。師系にも、〈踏切を越え早乙女となりゆけり 波多野爽波〉〈早乙女に昔のひとのごとく逢ふ 田中裕明〉〈早乙女の小学校で待ち合はす 山口昭男〉と好きな句が多くある。

掲句は第一句集『風樹の嘆』の中の一句。鎌田恭輔のことは、『秋草』10周年記念号の企画「『青新人會作品集』を読む」で知り、その後『風樹の嘆』についても鑑賞を書かせていただいた。

恭輔の句は、早乙女となる前や早乙女として仕事をしている様子ではなく、早乙女から日常への「もどり」の景を読んでいる。田から家への途中の道であろう。「眼鏡」という道具が日常のリアリティーを感じさせ、想像力が掻き立てられる。「早乙女」は様々な角度から詠み深めることができる奥行きと可能性のある季語ではないだろうか。

常原 拓


【執筆者プロフィール】
常原 拓(つねはら・たく)
1979年 神戸市生まれ
2016年 「秋草」入会 山口昭男に師事
2023年 第7回俳人協会新鋭俳句賞準賞
2024年 第一句集『王国の名』

第7回俳人協会新鋭俳句賞準賞受賞の「秋草」所属の中堅俳人。
待望の第一句集。

常原拓句集『王国の名』

四六判変型上製
200ページ
2000円(税別)

ISBNコード
978-4861985805


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
>>〔3〕夜の子の明日の水着を着てあるく 森賀まり
>>〔4〕菱形に赤子をくるみ夏座敷 対中いずみ

【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
>>〔7〕主われを愛すと歌ふ新樹かな 利普苑るな
>>〔8〕青嵐神社があったので拝む 池田澄子
>>〔9〕万緑やご飯のあとのまたご飯 宮本佳世乃

【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
>>〔6〕パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子
>>〔7〕ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ
>>〔8〕マンホール出て蝙蝠となる男 小浜杜子男

【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ    川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ   三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく   三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹

【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀

【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子

【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ  寺田京子

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. まどごしに與へ去りたる螢かな 久保より江【季語=蛍(夏)】
  2. 昼顔の見えるひるすぎぽるとがる 加藤郁乎【季語=昼顔(夏)】
  3. 皮むけばバナナしりりと音すなり 犬星星人【季語=バナナ(夏)】
  4. 香水や時折キッとなる婦人 京極杞陽【季語=香水(夏)】
  5. 山頂に流星触れたのだろうか 清家由香里【季語=流星(秋)】
  6. 電車いままつしぐらなり桐の花 星野立子【季語=桐の花(夏)】
  7. 跳ぶ時の内股しろき蟇 能村登四郎【季語=蟇(夏)】
  8. ライオンは人を見飽きて夏の果 久米祐哉【季語=夏の果(夏)】

おすすめ記事

  1. 【第11回】ラジオ・ポクリット【新年会2023】
  2. 【新連載】歳時記のトリセツ(1)/村上鞆彦さん
  3. 【冬の季語】竜の玉(龍の玉)
  4. 春泥を帰りて猫の深眠り 藤嶋務【季語=春泥(春)】
  5. 薄氷の吹かれて端の重なれる 深見けん二【季語=薄氷(冬)】
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第26回】千倉由穂
  7. 【春の季語】芹
  8. 「パリ子育て俳句さんぽ」【1月1日配信分】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第6回】天野小石
  10. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第62回】 佐渡と岸田稚魚

Pickup記事

  1. 【#46】大学の猫と留学生
  2. 【祝1周年】ハイクノミカタ season1 【2020.10-2021.9】
  3. 中干しの稲に力を雲の峰 本宮哲郎【季語=雲の峰(夏)】
  4. 【冬の季語】毛糸玉
  5. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第2回】
  6. ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子【季語=ストーブ(冬)】
  7. 【短期連載】茶道と俳句 井上泰至【第8回】
  8. 新涼やむなしく光る貝釦 片山由美子【季語=新涼(秋)】
  9. 雪が来るうさぎの耳とうさぎの目 青柳志解樹【季語=雪(冬)】
  10. 皮むけばバナナしりりと音すなり 犬星星人【季語=バナナ(夏)】
PAGE TOP