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引越の最後に子猫仕舞ひけり 未来羽【季語=子猫(春)】


引越の最後に子猫仕舞ひけり

未来羽


人間の引っ越しには当然猫もついてくる。慣れ親しんだ家を去るのは寂しさを伴うものだが、猫にとってはそれどころではないだろう。よく「犬は人につき、猫は家につく」と言われるように、猫にとって環境が変わるのはかなりのストレスを伴うようだ(ネットで検索すると異論もあるようだが)。

掲句は、できるだけ猫のストレスが少ないように、最後に猫を運ぶための箱(ペットキャリー)にしまったということなのだろう。「しまう」というと荷物扱いのような感じも受けるが、掲句では「最後に」という方に力点があり、それでかえって「しまう」というぞんざいとも受け取れる言い方に愛情が感じられるから不思議だ。「仕舞ひ」という漢字表記にも助けられているかもしれない。

掲句で思い出したのは、我が家でも猫といっしょに引っ越しをしたことがあったということ。掲句の主人公と同じように、すべての荷物をトラックに積んでから猫をキャリーに入れることにしていた。猫は荷物が運び出される間、ずっと押し入れに隠れていたのだが、いざキャリーに入れようとするととたんに逃げてしまう。猫が本気で逃げると人間にはとても捕まらないもので、もうへとへとになってしまい、最後は、昔の人が雀を捕ったときのような仕掛けまで準備してやっと捕獲に成功した。

私と掲句の主人公とで何が違ったのかと考えてみると、猫の性格もあるかもしれないが、結局は信頼関係の差ではなかったかと思う。うちで猫を飼い始めたのは、毎日のように出没するネズミを捕ってもらうためだったのだから。それでも、無事新居に着いた猫はすっかり大捕物のことは忘れたようで、のんびりと天寿を全うしたのである。

「鳥籠に似た雨」(2019年/私家版)所収。作者名の読みは「みらば」。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎
>>〔20〕昨日より今日明るしと雪を掻く    木村敏男
>>〔19〕流氷は嘶きをもて迎ふべし      青山茂根
>>〔18〕節分の鬼に金棒てふ菓子も     後藤比奈夫
>>〔17〕ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く    かくた
>>〔16〕しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫
>>〔15〕極寒の寝るほかなくて寝鎮まる    西東三鬼
>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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